第10話 竜の薬師の出張
「これで処置はおしまい。もう動けるはずだが、無理は禁物だよ」
「ありがてえ、先生。息の合うこいつがいるから、俺の剣も槍も、満足いく仕上がりになるからな」
鍛冶屋で親方が武器を鍛造するとき、たいてい、ゴーレムスライムが補佐についている。
剣を撃つ際の向かい鎚の役目をゴーレムスライムが果たしているのはよく見る姿だが、
「基本、ゴーレムスライムが腰を痛めるって、そうそうないと思うんだけど。それほど武器を打ったのかい?」
聞くと、親方とゴーレムスライムは頷いた。
「ああ。昨日、冒険者ギルド経由で発注が多く来てな。大量に剣が必要で。それも、出来る限り頑丈な奴、だそうで」
親方の撃つ武器は丈夫さに秀でている。ウチの包丁など親方製らしいが、どんなに硬い生薬を両断しても刃こぼれ一つしないし。
だから話が行ったのだろうが、
「でも、どうしてそんな急に数を?」
「なんでも、近くの牧場に剣を折るほど鋭い爪をもった魔獣が結構な数、出てきたらしくてな。家畜はもちろん、地主さんも腕をやられたらしい。で、冒険者ギルドが駆除に行く話になったんだが、前の依頼で装備がボロボロになってたんだと」
そういえば、以前、未開拓地域の毒草を観察に行った際に、冒険者ギルドの人々とも話をしたが。未開拓地域での依頼は基本的に、魔獣だけじゃなくて、道をふさぐ木々や岩なども壊さなければいけないため、武器の損耗が激しいそうだ。それゆえだろうが、
「冒険者ギルドって、割と既存の武器でどうにかしようとする傾向にあるけど、随分慎重なんだね」
そういうと、親方は頭を掻き、言うべきかどうか悩んだような仕草をしたあと、
「そりゃなあ。地主さん曰く、毒を持った爪を持ってるそうだから」
「毒の爪をもつ魔獣だって……!? それは、 興味深いな!」
「あー、先生ならそう言うと思ってたけどさ。治安維持を兼ねて、もう冒険者ギルドが出張ってるから。もう倒されてるかもしれないぞ」
「ふむふむ! そうかもしれないが、地主さんの傷は、もう治療はすんでいるのかい?」
「一応医者には行ったらしいけど、そこまではわからんな」
「であれば――モカさん。ちょっと見に行っても?! 地主さんの腕が心配で!」
モカに聞くと、彼女はしょうがなさそうな顔をして、
「毒の方に興味はいってるだろうけど、それも本音でしょうからね。止めても行っちゃうでしょ?」
「毒が人間の身体にどう作用するかも、大事なことだからね。もしかしたら未知の毒かもしれないし!」
「……そうね。毒に関してはこの町ではあなたは専門家だし。冒険者ギルドの人たちにも薬は必要だろうし、出張する形でいいかしらね。その間、店は私が見ておくわ」
モカからの許可も出た。そうと決まれば、
「親方! 情報提供ありがとう!」
「毒の情報提供するために寄った訳じゃねえが……まあ、こちらこそ、大事な相棒を直してくれてありがとうな!」
「……!」
親方とゴーレムを見送った後、準備をせねば、と、出張回診用のバッグを取り出していると、
「ついでだから、貴方たちも着いていくいいかもね。勉強になるわよ」
と、モカがリリスとスノウに言っていた。
「え、ええと、まだ仕事を覚えきっていないのに、お邪魔では……」
スノウがおずおずと言うが、
「そんなことないわ。出張は、珍しいものではないから、経験しておくに越したことはないしね。近場の牧場だから、もしものことがあればすぐに帰ってこれるし」
モカの言葉に俺も同意だ。
「邪魔なんてことはないよ。俺だって最初はモカさんにくっついて回って、色々覚えたんだから。君たちもそうするといい。スノウは竜の姿じゃなければ、他の魔獣を呼び寄せる効果は少ないんだろう?」
「は、はい……」
昨日の晩の夕食時に聞いた話だが、彼女は人間形態であれば、魔獣を引き付ける効果はとても弱くなるらしい。
だからこそ人間形態でいることが多かったのだとも聞いた。
以前、飛竜に見つかったのは、竜の姿に一瞬なったからだ、と。
……スノウが安全に過ごせるようにと、一晩確かめたからなあ。
一晩、店の周囲を気配含めてチェックしたが、魔獣や竜などは近寄って来なかった。外にいるときも、それは変わらなかった。だから、
「もちろん、体力的に大丈夫であればだけど。気兼ねなく付いてくるといいよ」
「わ、わかりました」
「リリスも大丈夫そうかい? ……なんだかさっきから、顔色が少し悪いけれど」
「だ、大丈夫よ。ちょっとだけ、考え事をしていただけだから。私も、薬屋の外での仕事がどうなのか、しっかり学ぶわ」
「よおし。じゃあ、一緒に行こう」
――――――――
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