第9話 竜から見た薬師
リリスは薬屋のカウンターの奥で。モカから簡単な手ほどきを受けながら。
横の診察室で、カムイが触診し、観察し、ゴーレムスライムに質問している様子を、スノウと共に見ていた。
「これぎっくり腰だね」
「え!? ゴーレムかつスライムの特性を持つのに、ぎっくり腰になるのかい!?」
「人型だからね。腰が肝要なんだよ。この石と石の連結が悪くなってるんだ。内部がスライム状なのもあって、痛みはないだろうけど。痛くないけど、突然動かなくなった、という感じでいいんだよね?」
カムイが聞くと、ゴーレムはこくこくと頷いている。
「ぎっくり腰かあ。だから先生、ゴーレムを運ぶとき痛くないかって聞いたんだな」
「うん。人間のぎっくり腰患者相手に、そんな抱え方したらとんでもないことになるからね。……っと、薬はこのあたりの調合でいいかな」
カムイは薬棚からいくつかの生薬を取り出しつつ、
「リリス、そっちにある棚から、5番って書いてある薬瓶を一個とってくれるかな」
「は、はい。分かったわ」
言われた通りのものを渡すと、
「ありがとう。助かるよ」
「い、良いわよ。このくらいの手伝いで、そんなお礼なんて」
なのに、大真面目にお礼を言ってくるものだから、顔が微妙に熱くなる。
それを隠すように、モカたちの方へ戻る。
「あの子、新しく入った店員さんかい?」
「そうだよ。ウチの看板娘の一人だ」
などと背後で話しているので、更に顔が赤くなる。
ただ、それと同時に、初めての手伝いをこなせたのはほっとした気持ちもあった。
「やったわね、リリスちゃん」
「モカさんまで……。でも、ええ。ちょっとでも手伝えたのは、嬉しいわ」
などと思いながらカムイの方を見ると、既に調合を終えたらしく、
「調合完了。この薬は岩石の体にもしみこむから、効果的だよ。あとは針が打てればいいかな」
そう言ってカムイは、自分の懐から一本の細長い棒を取り出した。長さは三十センチほどの、両端がとがっている銀色の棒だ。
「岩石の体に針? 鉄の針じゃ折れちまうと思うけど、入るのかい?」
「この針は特別性でね。岩石でも大丈夫なんだ。ミスリルですら貫くからね」
「ええ!? そんなもの、中々作れなさそうだけど、どうやって手に入れたんだ?」
「昔の仕事でね。お偉い方が色々な種族に効果が見込めるようにって、用意してくれたモノを大切に使っているんだよ。というわけで、チクっとやろう」
カムイはそう言うと手早くゴーレムの腰に薬を塗布し、
――トンッ
針を撃った。硬そうな岩石の表皮をものともせず、針は突き刺さる。
そして、すぐさま針を抜くと、
「……!?」
ゴーレムスライムは驚きの表情を浮かべ、
――バッ!
と、勢いよく起き上がった。
先ほどまで動けなかったとは思えない俊敏さで、だ。そして嬉しさを示すように、カムイと親方に抱き着いている。
「おおお! すげえ、もう治ったのか!」
「問題としている部分は一旦ね。ただ、触診の感じ、腰の使いすぎが原因っぽいから、しばらく安静にしていた方が良いけど――って、よしよし。元気さを示すために岩をこすりつけてこなくても大丈夫だからね」
そんな様子を傍から見て、ふとリリスは思った。
「患者さんを診てるときのカムイって、なんだか大人っぽいわね」
言うと、スノウも同意してくれて、
「そうですね。なんだか毒の事を語っていたり、喜んでいるときは、カムイ様は無邪気な部分が見えてましたが。今は違う気がします」
リリスとスノウの感想に、モカも頷く。
「カムイ君は毒に対しては大分変人だけど、病人と薬に対しては真摯に向き合うし、真面目だからね。本当に善い人よ。そこは私が保証するわ」
自分たちを拾った人が、どういう人なのか。優しい一面以外に、どんな性格をしているのか。
……知れるのは、契約した身としては、知れて良かったなあ。
なんて思っていると、
「毒の爪をもった魔獣が出たって!? それは興味深いな!」
親方と会話しているカムイが、そんな声を発した
「変人の部分も出たわね」
「あはは……」
「毒についての興奮は本当にすごいわね……」
――――――――
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