第3話 薬師と解呪方法と来客

リリスとスノウを保護した翌日。


「二人とも、体調はどうだい?」


「普通に歩ける程度には、元気になったわ」


「気持ち悪くもありません。大丈夫です」


 二人の顔色的にも良くなっている。体力の方は問題なさそうだ。


「よし。それじゃあ、朝食をどこかの店で買いながら、解呪の店に行こうか」


 街外れのさらに外れにある古ぼけた建物。

 その扉をノックすると 出迎えたのは1人のエルフの老女だ。この街に来てからモカさん経由で知り合った人手、


「こんな朝早くから客かと思えば、お前さんか、カムイ。新しい毒の情報は仕入れてないぞ」


「それについては残念だけど、今回は別件だよ、ジルニアさん。この子達の解呪をお願いしたくてね」


 言うと彼女は目を細めて俺と、背後にいるリリスとスノウを見た。


「なるほど。その子たち、普通の人間ではないと思ってたけど。人になれるクラスの召喚獣か。で、ウチに来たってことは、普通の召喚士ギルドじゃ難しい案件かい?」


「召喚疾患があってね。召喚術式による魔力障害が酷いから、術式の解除をお願いしたいんだけど、腕ききのジルニアさんの所に来た方が安心かなって」


 召喚士ギルドが関係する店は他にもあるが、今日のような特殊な要件である場合は街はずれのこの人に頼むことが多いのだ。


「全く、口が上手い子だ。ま、ウチを選んだのは後悔させないけどね。……入りな。そこの子たちもね」


 ジルニアが手招きすると、二人の竜はおずおずと頭を下げた。


「は、はい」


「お邪魔いたします」


 緊張気味の二人と共に店内に入る。中には、様々な呪具や召喚道具が並んでいる。

 

 どれも薄汚れている見た目だが、値段は高い。どれも一級品だという。買われた形跡がないからやや埃かぶっているが。

  

『腕はあるし、召喚士ギルドでも尊敬されているけど、クセがある人だからね。戦闘はからっきしだし、権力争いも嫌いだから、適当な土地を買った結果、街はずれに店を構えているのよね」


 というのがモカさんの紹介された時に言われた言葉だ。実際、召喚士なのに、趣味で呪具を集めて売り物にしているあたり、クセは強いのだろう。

 

 とはいえ、今は少女らにお茶を出しているし、面倒見は良くていい人ではあるのだが。


「さて、これから見るわけだけど。何者なんだい、この子達は」


 ジルニアは、術式観察用のモノクルを目に装着しながら言った。 


「詳しくは分からないよ。色々あって街中で保護しただけだから。本体は竜ってことくらいかな」


「ワケありか。一部始終を聞かせな」


 とりあえず昨日、二人が捨てられた経緯と、状況を話すと、ジルニアは目を細めた。


「……召喚獣であるこの子達を放棄したやつがいたってことか」


「うん。一応来る途中、召喚士ギルドには投書しておいたけど」


 ジルニアは僅かに息を吐き、


「……許しがたいことをするヤカラがいたもんだね。早いとこ、モカと協力して、血祭にして処断する条例を作らないと」


 大分怖いことを言っているが、召喚術の広まりに、街のルールの整備が追い付いていない感があるのは事実なので。その辺りは、お任せしよう。

 

「すまんね、お嬢ちゃんたち。人間どもの都合で振り回して」


「い、いえ。良い人もいるのは分かったから」


「はい。カムイ様には、面倒を見て頂けましたし。昨日から夜通し、こちらを看病してくださいましたし」


 リリスとスノウは、こちらを見ながらそう言ってくる。

 

「まあ、俺としては、飲ませた薬が正常に機能しているのか、異常はないのか確認するのは当たり前だよ」


 寝ずに看病するのは当然のことではある。

 

「まあ、そう言って貰えると、召喚士としては感謝しかないね。竜……ちょっとだけ、その姿になってくれないかい? 直ぐに人に戻っていいからさ」


 ジルニアの言葉に従いリリスとスノウは、竜の姿に変わる。


「ありがとう。お陰で、そろそろ解析が終わるよ」


 ジルニアはモノクルに触れながら、言う。

 

「カムイ。解呪って、普通は何時間くらいかかるの?」 


 人の姿に戻ったリリスがそんなことを聞いてくる。

 

「そうだなあ。一般的な術式だと三時間くらいかな?」


 大体は解析を終えたあと、どうやって解呪するか、何時間かかるか、などが分かる。


「三時間、ですか? それなら……本当に直ぐですね」

 

 スノウは静かにそう言った

 

 確かに、その三時間を終えたら、この二人を召喚士ギルドなり、元の居場所なりに送り届けるかなあ、と思っていると、

 

「はあ? なんだいこりゃあ」


 ジルニアは眉をひそめた。

 見たことがない表情だ。


 そして一人で呟くように言う。 

 

「術式がぐちゃぐちゃだ。絡まった糸よりひどいね、こりゃ。何を使ったらこうなるんだ」


「ジルニアさんがそこまで言うほどなんだね」


「今まで生きてきた中で見たことがないからね。間違いなく非合法、かつ未承認の召喚道具によるものだよ」


「解呪は、無理ってこと……?」


 リリスは不安そうに言う。しかしジルニアは、首を横に振った。

 

「いや、この術式を分析すれば、解呪は出来そうだよ。一か月くらいは掛かるけど」


 その言葉を聞いて、まず反応したのはスノウだ。


「一か月……?」


「スノウ?」


 丁寧且つ礼儀正しかった彼女にしては、珍しい反応だ。そして、


「あの……無理やりの解呪は出来ませんか?」


 そんなことを言い出した。

 

「ええ? そんなことをしたらお前さんの体がぶっ壊れちまうが、人間との契約は嫌なのかい?」


「い、いえ。カムイ様との契約は、いやではありません。むしろ有難いくらいで。だからこそ、ご迷惑をおかけするわけには……」


 なるほど。こちらを気遣っての事らしい。


「俺は別に迷惑なんかじゃないよ? というか、薬師として、体に負担のかかる無理はさせたくないし。別に契約したり、家に住んでもらうくらいは何てことないさ」


 居候が増えても、困る事ではない。そう告げると、しかしスノウは首を横に振った。

 

「違うのです。ご迷惑の規模が、そんなことではないのです。……もしも、このままなら、私をどこか町の外へ。人のいない場所へ連れて行ってください……!」


 焦りながらの言葉だ。

 

「スノウ……?」


 隣にいるリリスも、やけに慌てているスノウを心配そうに見ている。

 

 リリスにとっても、この様子は今までにないことのようだ。何が原因だろう、と思っていると、

 

 ――ドドン!!

 

 と、店の外から大きな音がした。

 

 いきなりの音だが、窓から見える光景で、音の原因は分かった。そしてそれを見て、スノウは困ったような眼を向けていて

 

「遅かった……。もう、引き付けられていた……」


「――グオオオオオオ!」

 

「ドラゴン……野良の飛竜種の、成体かい」

 

 そこには、街の近くにいることは到底ない、ドラゴンが降り立っていたのだ。


――――――――


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