第4話 竜を相手取る薬師
飛竜の大きさは5mは超えているだろうか。
「わ、私、行きます!」
その降り立った竜を見るなり、スノウは店から飛び出そうとした。
その彼女の手をつかみ、俺は尋ねる。
「落ち着いて。どうしたんだい、いきなり?」
「狙いは、私です。私の体は、ああいう、動物的な竜や魔獣を引き付けてしまうのです」
スノウは自分の胸に手を当てながら言う。
「私の親が言うには、私たち一族の肉を食べると、生物としての格が上がると。だから私たち一族の存在を感じると、理性をなくした、あるいは、動物的な竜は、その本能のままに食いに来ようとすると」
「わ、私は別に、スノウを食べたいとか思わないわよ!?」
「はい。リリスさんのように、理性がある竜は大丈夫です。だけど、飛竜は……」
「まあ、どちらかというと獣に近い存在ではあるね。それも、猛獣ってレベルの」
魔王との戦いの際にも、敵味方問わず魔獣使いが使役していたし。
召喚士ギルドでも、能力は高いが、とても動物的で、扱いを間違えると死人が出るとの話を聞いたことがある。
危険度はかなり高めのティアに置かれていた。
とはいえ、気軽に町に近づいてこない程度の警戒心はあるので、召喚しない限り街の近くで見ることはないが。
それが今は窓の外にいて、涎をたらしながらふんふん鼻を鳴らしていたり、目をきょろきょろさせている。
「確かに、食べ物か何かを探しているように見えるね」
様子を告げると、スノウは震えながら、言う。
「竜種は、当然ですが、強い力を持ちます。野生の飛竜ですら、人の戦士が束になってようやく相手に出来るものだと聞きました」
それに対して、ジルニアも頷く。
「まあ、そうだね。あのクラスの生体だったら普通の人間の戦士20人はいるかな。アタシは戦えないから、その数には入れないけど」
「はい。ですから、非常にご迷惑をおかけすることになります。でも、私がこの場を離れれば、皆は助かります……!」
一人で出ていこうとした理由はそれらしい。だから、
「ジルニアさん、もしかしたら窓か扉、壊れると思うけど、いいかい?」
「構わないよ。やっちまってくれ」
「分かった。じゃあ、行ってくるよ」
そう言って、スノウを後ろにおいて、扉を開けて外に出た。
「え……か、カムイ様?!」
「スノウ。俺は、病み上がりの子を、捨てて逃げようだなんて思えないんだよ」
言いながら、扉の外に一歩出ると、飛竜がすぐそこにいた。
飛竜は一瞬俺を見た後、後ろにいるスノウに気付いたようで、
「ぐ、ウウウウウ……!」
嬉しいのか興奮しているのか、先ほど以上の涎をだらだらとたらし、近づいてきた。
「あー……戦闘用の強壮ポーションくらいならあるけど、要るかい?」
「大丈夫。自前のがあるからね」
俺は懐のポーチから、黄色い液体の入った一本の薬瓶を取り出し、口に含む。
「く、薬で強化したくらいじゃ、いくらなんでも竜の相手は……!」
「そ、そうよ! 私も毒を巻くくらいしかできないけど、そのくらいなら手伝うわよ……!」
スノウとリリスが後ろで慌てながら言ってくるが、
「大丈夫大丈夫。あと、これは薬じゃないんだよ。俺専用の毒だ」
そう言って、軽く告げた瞬間だ。
――ガブウ!!
と、飛竜の口が、俺の肩から腰を横断するように、噛みついてきたのだ
そして周囲に血がまきちった。
〇
目の前で、起きた光景に、スノウは息をのんでいた。
人が竜にかみつかれ、砕かれる。あの噛み方だと、もはや助からないレベルで。
……私は、優しくしてくれた人を、見殺しに……!
背筋が凍り付く様な感覚に襲われた。
こんなことになるくらいなら、甘えずにさっさと逃げておけばよかったのに。
甘えてしまった自分に後悔を抱いていると、だ。
「おお、興奮しているようだね」
そんな声が聞こえた。
血にまみれるカムイの声だ。元気そうに飛竜の鼻を撫でている。
「か、カムイ? 大丈夫、なの? その出血……」
「え? ああ、これは俺の血じゃなくて、この飛竜の血だよ」
言われ、よくよく見ると、
「グ!? グオオオオ!?」
噛みついている竜の牙が、粉々に砕けていた。飛竜も、それに気づき、痛みからか目をしかめている。
「人を噛んで、竜の牙が、折れる……?」
あふれでた血は、飛竜の口腔が傷つき、出たもの。見れば分かるが、そうなった意味が分からない。
……あの人の肌は、私の牙でも傷つくほどだったのに……。
その思いを見越してか、カムイは説明するように、こちらに向かって言葉を飛ばしてくる。
「さっき飲んだのは『硬化毒』というものだ。肉体を金属のように硬くする効果を持っていてね、デメリットは容量を超えて服用しすぎると内臓……特に心臓まで硬化して死に至る事。メリットは、これくらいの硬さを出せるってことだ。俺用に調合した毒というのもあるけどね」
「グ、オオオオオオ!!」
飛竜は折れた歯で、再び噛みつこうとしていた。が、その牙はカムイの肌を、突き破ることはない。
そしてカムイは、噛みつかれた状態で、
「よしよし! 血気盛んだけど、一旦落ち着いてくれよ」
竜の首根っこを片腕で抑え、
「うーんと、このタイプの竜と外皮越しに最適なのは――四本貫手!」
もう片方の手を槍のような形にして、
――ズドン!
と、凄まじい勢いで竜の眉間を突いた。それだけで、
――ガクンッ!
と、不自然に竜の体が震え、地面に膝から崩れ落ちたのだ。
「りゅ、竜の膝が落ちた……!?」
更に、竜は、痺れたように全身を震わせ続けている。そして、
「あとは――よいしょっ!」
カムイはそのまま、竜の首をひねるようにして、投げた。
巨体が、ふわっと、宙に浮き、そして地面に叩き落される。
「ガッ……!」
その衝撃で、飛竜はカムイから口を話した。
「こ、転がした? あれだけの体格差があって?!」
「額から脚につながる経絡を突いて痺れさせたから。あとは、竜の構造的に立ってられないからね」
ふう、と肩を回すカムイ。その肌には傷の一遍も付いていなかった。
「飛竜を含め、魔獣系の経絡は一通り頭に入ってるからね。本当は、針とか木の棒とかでやる方が乱暴じゃなくていいんだけど」
「ガ、ガア……」
息も絶え絶えな飛竜を見て、カムイは静かに口元に近寄り、青色の液体が入った瓶を取り出した。
「さあ、仕上げに特性の睡眠毒を上げよう。歯が砕けた痛みなんか吹っ飛ぶくらい気持ちよく眠れるぞー」
「グ……」
飛竜は口を閉じようとするが、それを無理やり押し広げて、カムイは薬瓶を放り込む。
「……人が、竜を、圧倒している……?」
……そんなの、見たことない……!
スノウは目の前の光景が信じられなかった。隣にいるリリスもまた驚いている。
「人の身一つで、竜を相手取って勝てるなんて……」
平然としているのは自分の後ろにいるジルニアで、
「あれでもカムイは、戦場上がりらしくてね。アタシから見ても、なんで薬師なんてやってるのかってくらい、強い奴なんだよ」
そんなことを言ってきた。そして、
「いよし! これで鎮静と脱力の施術おしまい!」
「クウ……」
飛竜はそのまま目を瞑って、眠ってしまうのを背に、カムイは悠々と戻って来るのだった。
――――――――
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