第20話 『ナオツグのコクハク』

 フローラのカチコミから始まって、フレイアの爆弾発言で朝のHRと自己紹介、それから、俺の平和な学園生活が終わりを告げた。

 今日は始業式なので本格的な授業は明日から……つまり、担任である空霧先生が教室を後にしてから、時間はたっぷりあったんだ。


「フローラちゃんにフレイアちゃん! 尾津くんと一緒に住んでるって本当~!?」

「もうどこまで進んでるの!?」

「それにしても肌綺麗だしスタイルも良いし、うわぁ~、羨ましい~!」

「ひょ、ひょっとして毎晩……直嗣くんに!?」

「キャー! キャー、キャーッ!!」


 教室の端で、女子による人だかりが出来ている。

 言わずもがなその中心にはフローラとフレイアの二人がいて、留学生で双子ということも相まってそれはそれは大人気だった。


 ただ、何か妙に生々しい質問が聞こえるのは気のせいだろうか……?


「エヘヘ~、そんなんじゃないですよぉ~?」

「フフフ、それは秘密よ? 後、ワタシの事はレイアで良いわ」


 女子の中心にいたフローラとフレイアの姿が一瞬だけ見えた。

 この調子なら……これからの学校生活は何の問題もないだろう。


「これより! 異端審問を開始する!」

「死刑! 死刑!」

「死刑! 死刑!」

「死刑! 死刑!」

「死刑! 死刑!」

「死刑! 死刑!」

「お前たちに慈悲は無いのかっ!?」


 むしろ、俺の方がピンチというか……大ピンチだった。

 血涙を流す勢いで暴徒と化した男子クラスメイト達が俺を囲み、怨嗟の込められた声を浴びせてきている。

 怖い、普通に怖い、怖すぎる。


「黙れ裏切り者! クソイケメン童貞の河海ならまあギリ許せんけど納得できるのに、お前まで、お前までがぁ……!」

「そうだそうだ! せめて一日でも俺たちに夢を見せてくれたって良いのに、一時間すらなかったぞこの野郎……!」

「ていうか、どんな徳を積んだらあんな美人な双子とお近づきになってホームステイで同棲とか始まるんだお前……!」

「普通に羨ましいぞうおおおおおおおん……!」

「デュア……(つらい……)」

「ほら、中山なんてあまりの辛さにフランス語しか喋れなくなったんだぞ……!」

「いやそれ俺関係なくないっ!?」


 黄色い声援ならぬ、黒い叫喚。

 女子側が光なら、こっちの男子側は完全なダークサイドだった。


「まあまあ落ち着け、皆の衆」

「お前は、ラブハンター!?」

「何だ強者の余裕か河海!?」

「童貞の癖に!」

「ヘタレの癖に!」

「朴念仁の癖に!」

「顔と性格と身体と家柄だけの癖に!」

「雨の中、自分はずぶ濡れになりながらも捨て犬を拾った癖に!」

「ハッハッハッハッハ、ありがとうありがとう!!」


 そんな闇の中に、光のイケメンが現れた。

 その人物の名前は河海優斗、俺の腐れ縁で、ある意味で幼馴染だ。

 元を正せば、この混沌を作り出すキッカケを作った人物の一人と言って良いかもしれない。

 優斗はクラスメイト達の罵詈雑言をものともせず笑い……いや、最後の方普通に褒めてないか?


「それで……直嗣。お前は、どうなんだ?」

「……え?」


 そんな優斗が、急に俺に視線を向けてくる。

 イケメンムードメーカーの登場で完全に意識が逸らされていたけれど、今、渦中にいるのは俺の方だった。


「フレイアちゃんは俺の質問に答えてくれたぞ? なら、お前も答えるのが道理ではないのかね?」

「お、お前……!」


 ニヤニヤと笑うイケメンの顔を、ここまで憎たらしいと感じた事は無いだろう。

 いや、優斗が意地の悪さで俺にこんな事を聞いているんじゃないって事は分かっている。むしろ助け舟を出してくれているんだろう。


 ――有耶無耶にして誤魔化すな。


 コイツはきっと、そう言ってるんだ。

 めちゃくちゃ腹立つ顔してて、内心楽しんでるのも間違いない。


 けど……。


「俺は、二人と、いや、二人の事が……」


 でも、それでも、言わなきゃいけないと思う。

 せっかく優斗がお膳立てしてくれて、周りで騒いでいたクラスメイト達も俺の発言を静かに待っている。

 こんなチャンスは二度と無いし、これを逃したら他の男子達は間違いなく二人にアプローチを開始するだろう。

 自分勝手だけど……それは嫌だ。


 ――だから俺も、本気で言葉を返すんだ。


「俺は……フローラとフレイアの事が、本気で、好きなんだ……」


 言った。

 言ってしまった。

 高校二年生になった初日に、クラスメイト達に、俺は二人の女子が好きだと言ってしまった。

 ……でも不思議と後悔は無くて、むしろスッキリしている。

 男たちに囲まれて、自分の本心を暴露出来たからだろうか。もう隠さなくても良いんだという安心感が俺を包んでいる。

 

 今ならもう、誰にも負けない気がした。


「ナ、ナオツグ……」

「あ、アンタそういうのは……場所、選びなさいよ……」

「…………え?」


 でも。

 聞こえてきたのは優斗でもクラスメイト達でもなくて、聞き覚えしかない双子の声だった。


「オ、オトコノコ達にもアイサツしようとしたら、アノアノアノッ……!」

「ネ、ネエサン落ち落ち、落ち着いて……!」


 まるで海が割れたかのように男子の群れが二つに別れ、そこにはフローラとフレイアの二人が立っていた。

 フローラは顔を真っ赤にしてアタフタしまくっていて、その隣ではフレイアも平静を装いながらも動揺している様子で――。


「え、ま、まさか……」

「は、ハイ……」

「その、マサカよ……」


 ――誰がどう見ても、聞かれていたのは一目瞭然だった。


「フッ、やるな。友よ……」


 そんなイケメンの言葉を皮切りにして。

 クラス中は男女問わず大きな声が飛び交った。

 男子は阿鼻叫喚、女子は黄色い歓声の嵐。


 その中心に置かれた俺たちは、恥ずかしさでお互いの顔すら見れなかったんだ。

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