第5話 『どっちが好き?』

「ナオツグ~! あ~ん!」

「ちょ、ちょっと!?」


 フローラが俺にお饅頭を食べさせようとしてくれる。

 こんな美少女に、あ~んをしてもらえるなんて男の夢だろう。

 だけどいくらホームステイ先を提供してるからって、この家の本当の家主は母さんだし俺は何もしていない。

 しかもどうしてこんなに俺に尽くしてくれるのか分からないぐらい好意を向けてくれる女の子にただ甘えるだけっていうのも、何か悪い事をしているみたいで申し訳なかった。


「食べて、くれないんですか……?」

「……いただきます!」


 いや、食べるけど。

 こんなあからさまに悲しそうな顔で大きな碧眼をウルウルとさせられたら、食べるに決まっているじゃないか。


「は~い! あ~ん!」

「あ、あ~ん!」


 そして食べる。

 フローラの両手で差し出された小さなお饅頭を頬張った。

 あんこを包む薄い生地が舌ざわり良くて、噛むとあんこの甘さが口の中に広がる。

 

 ……美味しい。

 間違いなく美味しいんだけど、それ以上に照れや恥ずかしさの方が強かった。


「えへへ~、美味しいですか?」

「う、うん……ありがとう、フローラ……」


 どうしよう、フローラの顔が直視出来ない。

 恥ずかしくて視線を逸らすと、ニヤニヤと笑うフレイアと目が合った。


「ナオツグ、顔赤いわよ~?」

「あ、暑いからじゃないか!?」


 俺は誤魔化すようにアイスコーヒーを飲む。

 口の中に残っていた甘さがコーヒーの苦さで中和されてスッキリした。

 ……確かに、この組み合わせはとても良いかもしれない。


「ふーん。じゃあアタシからも、あーん!」

「はぁ!?」

「……何よ、ネエサンのは食べてアタシのは食べないって言うの?」

「いや、そういう訳じゃないけど……」


 でもまさか、ここで伏兵に出くわすとは思っていなかった。

 好意むき出しのフローラはともかく、異性として意識されていないんじゃないかってぐらい無警戒無防備なフレイアにまであーんをされるなんて、誰が想像出来ただろうか。

 いや、意識されてないからこそ出来るのかもしれない。

 そう考えると複雑だけど、納得は出来た。


「じゃあ良いじゃないの。はい、あーん!」

「あ、あーん……」


 けど何故だろう。

 同じ双子でそれも二回目なのに、フレイアの方が恥ずかしいと感じる。

 味も当然同じだけど、さっきより恥ずかしくて味を感じなかった。


「どう? 美味しい?」

「美味しい……です」

「ふふっ、良かった」


 フローラほど直接的じゃないけど、妹のフレイアも饅頭を食べる俺を見て嬉しそうに微笑んだ。

 家でほとんど全裸だと言う事を除けばクールでカッコいい印象が強いので、その笑みは普段とのギャップを感じてドキッとしてしまう。


 ああそうか、これギャップが強いからドキドキしてるんだ。


「ムゥ~……!」

「ふ、フローラ……?」


 そんな俺たちのやり取りを見て、この中で一番子供っぽい姉のフローラが寂しさで膨れない筈が無かった。

 こっちはギャップは無くイメージ通りだけど、この場合の矛先は間違いなく俺に向くだろう。


「ナオツグ、レイアの方が嬉しそうです……」

「そ、そんな事ないよ!?」


 それはギャップの話であって、フローラの時も嬉しかったし恥ずかしかった。


「え? じゃあネエサンの方が良かったの……?」

「れ、レイアまで!?」


 でもそれを分かってて、フレイアまで悪ノリしてきた。

 どうやらこの場に、俺の味方はいないらしい。


「ナオツグは、ワタシのオマンジュウの方が好きですよね?」

「ナオツグは、アタシのマンジュウの方が良かったわよね?」

「え、えっと……」


 そして俺は、そっくりな双子に同時に詰められる事になる。

 何だこの修羅場みたいなシチュエーションは。

 いくらそれば饅頭から始まったとは言え、実際に体験すると凄く胃が痛いぞ。


 どっちを選んでも地獄なのは目に見えていた。


「じゃあナオツグ、好きな方を食べてください!」

「あ、それ良いわねネエサン! ほら、ナオツグ!」

「え? え!?」


 完全に流されたまま話が進んでいく。

 いつのまにか双子姉妹どちらの饅頭が好きかの勝負になっていた。

 左からフローラの饅頭、右からはフレイアの饅頭が差し出される。

 どう頑張っても逃げられないし、逃げると言う考えが思いついた時点で悪だ。


「はい、あ~ん!」

「はい、あーん!」


 だって二人は、きっと好意から俺にあ~んをしてくれている。

 フレイアはどうか分からないけど、俺はその気持ちを無碍には出来ない。


「お、俺は……」


 フローラとフレイア、 俺はどっちを選べば良いんだ?

 どちらを選んでも、どちらかを傷つけるかもしれない。

 

 だったら俺は、俺は……!


「――ど、どっちも好きだぁっ!!」

「キャッ!?」

「ワァッ!?」


 どっちも取る。

 どちらかを傷つけるぐらいなら、二人を選ぶしかないじゃないか。

 両サイドから伸ばされた双子の華奢な腕を掴んで引き寄せて、どっちの饅頭も口いっぱいに頬張る。

 

 どっちも同じ饅頭だけど、一緒に食べた今回が一番美味しく感じた。

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