第4話 『双子とのフィーカ』
文化の違いって、凄いと思う。
住む場所、住む国が違えば当然考え方も違うんだ。
だから初対面の異性にも平気で抱きつくし、家の中をほとんど裸の状態でうろつく事も当たり前なのだろう。
「いや、それはおかしいって!!」
そんな訳あるか。
思いを込めて、俺は自分の部屋で叫んだ。
変なのは絶対にあの双子姉妹の方だ。じゃなきゃこんな男にとって都合が良すぎる夢みたいな状況にならないと思う。
でもそれを甘んじて受け入れてしまっている俺もいて、自分の意志の弱さをヒシヒシと感じていたんだ。
「……走るか」
だから気持ちを切り替える。
俺がこの三日間、フローラとフレイアの魅力に耐えれた最大の理由……それは、日課にしていたランニングと筋トレのおかげである。
走るのは良い。
身体を動かしていると余計な事を考える暇も無くなって、何ていうか生きてるって感じがするから。
今日も暑く、フレイアが裸でうろつくぐらいなので、俺は半袖シャツにスパッツと短パンを組み合わせたランニングスタイルに着替えて部屋を出た。
「あ! ナオツグ~!!」
そして、階段を下りて玄関に向かおうとしたんだけど後ろからフローラに声をかけられたんだ。
「一緒にフィーカ! しませんか?」
「……フィーカ?」
軽く話したら走りに行こうと思ってたんだけど、聞きなれない言葉に首を傾げる。
すると小走りで胸を揺らしながら近づいてきたフローラに、俺は手を掴まれてしまった。
女の子の手、いやフローラの手はとても柔らかかった。
「こっちですよ~!」
「え、あ、ちょっと!?」
そのままぐいぐいと廊下を引っ張られてリビングに連行される。
中に入ると、テーブルには見慣れたお菓子やアイスコーヒーが並んでいて、椅子にはフレイアが座っていた。
「ようこそ! フィーカです!」
「あ、ありがとう……?」
ニコニコ笑顔のフローラに導かれて、俺はテーブルに座るしかなくなった。
四つある椅子の内、フレイアの対面となる位置に座る。
二人との同居生活が始まって、この三日間で根付いた俺の定位置だった。
「来たわね、ナオツグ」
「来たって言うか、呼ばれたって言うか……」
対面に座っていたフレイアがリラックスした感じで、俺を見て微笑む。
さっきはお風呂上がりでほとんど裸だったけど、今は変なマスコットが描かれたTシャツを着ていた。でも下は多分パンツだけで……うん、気にしない事にする。
「ナオツグとフィーカ! ナオツグとフィーカ~!」
そんな邪な意識から目を逸らした俺の隣にフローラが座った。
綺麗な声で即席の歌を歌っているのでご機嫌みたいだ。
ところで、フィーカって何だろう?
「あのさ、フィーカって何?」
だから聞いてみる事にした。
この状況から察するにお菓子を食べる事なのかもしれないけど、何となくでうやむやにするのは、歯の奥に何かが挟まったようで気になるんだ。
……まあ、俺に対する好意と警戒心の無さも気になるっちゃ気になるけど。
それはそれ、これはこれである。
「コーヒーブレイクよ。スウェーデンのね」
「スウェーデン?」
したり顔でグラスに入ったコーヒーを飲むフレイアの口から、聞きなれない言葉が出てきた。
スウェーデン……確か二人は、カナダ出身だった筈。
地理が大の苦手な俺でも、スウェーデンがアメリカじゃなくてヨーロッパの国なのは知っている。
でも何故スウェーデンが出てくるんだろうか。
「ママがスウェーデン人なんですよ~!」
「そうなの!?」
そこにニコニコ笑顔のフローラが教えてくれて、俺は驚いた。
初めて知った情報だ。
カナダから来たって言うから、二人は純粋なカナダ人だと思っていた。
純粋なカナダ人って言葉が正しいかは分からないけど、日本で言う日本人かそれともハーフなのかどうかみたいな……。
言葉って、難しい。
「アタシたちのミドルネームがリンドクヴィストでしょ? これはママの旧姓なの」
「あ、なるほど……確かにあまり聞かないような、長くてカッコいい名前だなと思ってたけど、スウェーデンの苗字なんだ」
「そうよ! カッコいいでしょう!」
「うん。それに旧姓なんて言葉も知ってるし、本当に日本語上手だよな」
「そうでしょう! たくさん勉強したからね!!」
どんどん誇らしげにドヤ顔をしていくフレイア。
嬉しい気持ちが顔に出ていて、感情表現が凄く豊かだと思う。
「ムゥ~……レイアばっかりぃ……ナオツグ~、お菓子食べましょうよぉ……」
「あ、ごめんごめんフローラ!」
そんな会話をしてると、隣でフローラがハムスターみたいに頬を膨らませていた。
多分寂しいんだと思う。
これもあった時からずっと思っていた事なんだけど、フローラの方が妹に見える。
それもまあ、彼女の魅力というか可愛い所だと思うんだけど。
「じゃ、じゃあ一緒に食べようか! いただきま……」
こんな美少女と一緒にいれば気にならない訳がない。
だけど二人も理由があって日本にホームステイしてまで留学に来ているので、あまり変な気を使わせてその邪魔をしちゃ駄目だと思った。
だから俺は胸に浮かんだ変な気持ちを一度押さえて、テーブルに並べられたお菓子に手を伸ばそうとしたんだけど。
「……フィーカのお菓子って、本当にこれで良いの?」
「え? 美味しいじゃない、イシロヤママンジュウ!」
「イシロヤママンジュウ! 甘くて大好きです~!」
フィーカというスウェーデンのコーヒーブレイク文化には似合わなそうな地元特産のお饅頭を見て、俺は違和感がすごかった。
隣と対面の席にはカナダとスウェーデンのハーフな金髪碧眼双子姉妹、そこでフィーカというスウェーデンのコーヒーブレイクが行われていて、グラスに入ったアイスコーヒーの横には地方都市である伊城市名産品の伊城山饅頭……薄皮こしあんお寿司サイズの小さなお饅頭が並んでいる。
なんていうか、伊城山饅頭の異物感が凄い。
でも二人はこの食べやすくて甘いお饅頭が気に入っているみたいだ。
いや俺も昔から食べてるから大好きだけどさ……。
「……まあ、喜んでくれたなら良かったよ」
二人が良いって言ってるんだから深くは考えないでおく事にする。
それに俺も二人を迎える前に食べるかなと思ってこのお饅頭も買い込んでいたので、好きになってくれたのなら万々歳だ。
「ありがとうございます、ナオツグ!」
「いやいや、こちらこそありがとう」
「平和ねぇ」
お互いにお礼を言い合う俺とフローラを見て、フレイアがコーヒーを飲みながら笑っている。
確かに、凄く平和だ。
さっきまで距離感の近さとかほぼ裸でうろつくとかで心を乱されまくっていたので、かなり久しぶりに落ち着いた時間を過ごせている気がする。
「あ、ナオツグ! ワタシ、日本のアレ、やってみたいです」
「あれ?」
そんな心穏やかな中で、フローラが何かを思いついたみたいだった。
フローラはテーブルに並んでいる伊城山饅頭の袋を一つ開けると、それを摘まんでもう片方の手を添えながら。
「はい、あ~ん!」
「あ~ん!?」
そのまま笑顔で、俺の口に差し出してくる。
俺の心の平穏は、わずか一分も持たなかったみたいだ。
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