第2話 『クロフォード姉妹』
「…………」
「…………」
「えっと、あの……」
さて、どうしよう。
引き留めたは良いものの、そこからどうするかを何も考えていなかった。
俺が突然駆け寄って大声を出しながら引きとめたものだから、二人の金髪美少女は目を丸くして固まってしまっている。
その間にも、二人が乗らないと判断したバスは開いた扉を閉めて発車していく。
だというのに、二人の視線は俺に向いたままだった。
「えっと、あのバスは、多分違う場所に行くと思うから、その、突然ごめん……」
「…………」
「…………」
とりあえず、止めてしまった事を謝らなければいけない。
でもやっぱり二人は俺を見て固まってしまっている。
言葉が通じないって、なんて不便なんだろうか。
こんな事なら、子供の時からちゃんと英語を学んでおくべきだった。
「どぅ、どぅーゆーすぴーく、じゃぱにーず?」
「…………」
「…………」
これで良いんだろうか?
本当にこれで良いんだろうか!?
英語の教科書で『あなたは日本語を喋れますか?』ってこんな事を書いていた気がするけど、本当にあっているんだろうか。
固まってる、ずっと固まってるよこの二人……。
「…………」
「…………」
「…………」
だから俺も固まってみた。
だけど状況は何も変わらなかった。
なので少し、気持ちを落ち着かせる為に、この固まっている二人を観察してみる。
まず俺から向かって右側から。
ふわりとした薄水色のワンピースを着た可愛い女の子だ。
そのゆるふわウェーブの長い金色の髪に、今は見開いているけど大きく丸い碧眼は良いところのお嬢様みたいな可愛らしい雰囲気を感じる。
そしてふわりとしたワンピースでも一目瞭然に分かるレベルで、胸がとても大きかった。
次に俺から向かって左側に目を向ける。
こちらは白のインナーシャツに黒ジャケット、そして下も黒色のスキニーパンツにロングブーツを履いた綺麗な女の子だ。
ストレートに伸ばされた金色の髪と、こっちも綺麗なつり目の碧眼を見開いていて、さっきの子がお嬢様ならこの子はモデルみたいに綺麗でカッコいい印象だ。
更に彼女もまた、シャツの中からとんでもない主張をする胸の大きさだった。
そして何より特徴的なのは服装や雰囲気がまるで違うのに、二人の顔が瓜二つだという事だ。
多分きっと、百人に聞いても百人がこの二人を見て双子と答えるだろう。
「…………」
「…………」
「…………」
そんな俺の長い観察をしている間も、現実の時間は過ぎていく。
なのに二人はやっぱり固まってしまっていた。
ひょっとして彼女たちの国では知らない男に声をかけられると固まってしまう何かがあるんだろうか?
いや、どの国でも知らない男に声をかけられたらそりゃ驚くか……。
「……ナ」
「な?」
その時だった。
俺から向かって右側の、ゆるふわお嬢様みたいな方の子が口を開いたんだ。
一言、『な』って。
それを俺が聞き返した瞬間――。
「ナ、ナオツグ~ッッ!!」
「うおおおおおおっっ!?」
――その子が、俺に突っ込んできた。
俺の名前を呼んで、俺に飛びかかるように、俺に抱きつきながら。
「ナオツグ~! ナオツグナオツグナオツグナオツグナオツグ~!!」
「ちょっ、ちょちょちょちょちょちょっと待って待って待って!?」
耐えた、何とか転ばないようにふんばった。
だけど耐えられない。
俺の全身をふんわりした極上の柔らかな感触が包み込んでいる。
しかも、この世のものとは思えないぐらい甘くて良い匂いだった。
「ナオツグ~! ナオツグ~!!」
「いやいやいやいや! な、直嗣は俺だけど! 何で俺の名前を知ってるの!?」
抱きつかれた衝撃で一瞬忘れていたけど、ようやく冷静になれた。
いやちっとも冷静じゃないけど、質問できるぐらいには冷静だ。
でもこの間も、マシュマロよりもふわふわな身体は俺に押し当てられている。
……マシュマロ、押し当てられた事ないけどさ。
「フローラ!」
「……え?」
「ワタシ、フローラです! フローラ・
「よ、よろしく……フローラ?」
「……ッ!! ナオツグ~!!」
「だから何でぇぇっ!?」
抱きつかれながら、鼻と鼻がぶつかりそうな距離で自己紹介が何故か始まった。
フローラと彼女は言った。
その名前を呼ぶと、彼女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべて俺の背中に回した手の力を強めてより抱きついてきた。
ていうか、日本語喋れたの!?
「やだ、大胆……」
「最近の若い子は進んでるわねぇ……」
いやそれよりもここ、バス停の前だった!
普通に街中で、通行人もいっぱいいる。
ていうかめちゃくちゃ見られてて、今も見知らぬおばちゃん二人が俺たちを見て生暖かい視線を送ってきていた。
「はいはいネエサン落ち着いて。嬉しいのは分かるけど落ち着いて」
「あぁ~……!?」
そこでもう一人のモデルみたいな方の子が、俺に抱きついていたフローラを引きはがしてくれた。
まるで親と別れる子供のように離れていくフローラを見ると、俺は何も悪くないのに謎の罪悪感を感じてしまう。
彼女をネエサンって呼んだって事は、彼女が妹なんだろうか?
「アタシはフレイア。フレイア・
「よ、よろしく……レイア?」
やっぱり双子だった。
そしてこっちの子、フレイアことレイアも凄く日本語が上手だった。
……自分の姉をワンちゃん見たいって言ったのが気になるけど、今はそれよりももっと気になる事があって。
「えっと……どうして二人とも、俺の名前を……?」
そう、どうして俺の名前を知っているかだ。
いや、何となく想像はついていた。
でも心のどこかで、いやまさかなと思いたかったのかもしれない。
まさか、母さんが言ってたホームステイに来る女の子が双子だなんてそんな――。
「これからお世話になる大切なホストファミリーだもの、知ってて当然でしょ? ね? ナオツグ?」
「ナオツグ~! よろしく~! ナオツグ~!!」
「は、はは……よ、よろしく」
――その、まさかだった。
フローラとフレイア。
り、リンドク……クロフォード姉妹は俺の家にホームステイに来た女の子だった。
正直、こんな事あり得るのかって思った。
街で見かけて呼び止めた人が今日から一緒に暮らす海外から来た女の子で、更にはとても綺麗で可愛くて美人な双子なんて、どんな善行を積めば訪れるのだろうか。
でもこれが俺たちの始まりだったと、きっと後から思う事だろう。
そんな事を考えたくなるぐらいには、今の状況が現実離れしていたんだ。
けどこんなのまだまだ序の口だったなんて、この時の俺は知る由もなかったんだ。
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