愚問

 その日の晩に手料理を振舞ってやったが、心ここに在らずといった様子だった。一応ちゃんと食べてはいたから、肉体的問題はないだろうけど、彼女にとっては、あんな至極分かり切った問答すら、人生観を破壊するようなものだったらしい。


 実際のところ、その至極分かり切ったことを理解したところで、腹に据えからぬものがあるだろう。


 彼女は確かに実力不足であるし、認められる必要がないとはいえ、何かを成しえなかったというのは、尊厳を折りかねない敗北を意味する。


 彼女がまた一歩先に進むには、価値観を変えるだけではなく、その根本的な能力不足も解決してやる必要がある。今回うまい具合に立ち直ったとして、結局また同じ挫折を味わうならば、今度こそ死んでいるかもしれない。私も一晩考え、弱者の弱者たる所以ゆえんを知った気がした。


「おはよう」


 今朝、私が起きてくると、居間には彼女の姿があった。暖炉に火をつけているところだ。彼女もまた火種を有している。


「おはようございます」


 幾分かはスッキリしたような顔をしていた。ただ瞳の奥は揺れ動き、それは未だ動揺の最中にいることを意味した。


「昨日は少し間違えた」


 私は言った。


「考えても分からないんだ。だから考える時間をやっても意味はない」


「朝から何故そんなことを言うんですか」


「知らないものを考えろ、というのは無理な話だろ。これはお前を貶めての言葉ではない。私なりの反省だ。お前にはもっと能動的な解決策の方が効くだろう。ゆえに、提案するのは火の扱い方を教える、ということだ。お前の火を炎に変えてやる。なに、私は死ぬほど暇を持て余しているから遠慮はいらん」


「えっと」


「その『えっと』をやめろ」


「ど、どういうことですか」


「そのままだ。どうなるかは知らんが、お前が術を上手く扱えるように私が手ほどきしてやるということだ」


「でも、貴方は聖術を使えないでしょう」


「火は火だろ。私の火が聖術ではなく、お前の火は聖術であると言うのなら、その証拠と論拠を述べてみよ」


「わたくしたちの術は聖力と呼ばれる、元素神に祈りを捧げることで得られる、特殊な力を元にしていて、これは魔獣なんかが得られる力ではありません。文献によると、強力な魔獣が扱う術を魔術と呼び、それを行使するための力を魔力と呼びます。これは学び舎に通った者は皆知っている基本知識です。ゆえに、私たちの扱う力は同じ火でも違うものなのです。世間知らずの獣には分からないでしょうけど」


「やけに刺々しいな。確かに祈る神などいないがね」


 どうやら聖術というものに、それなりの矜持と尊厳を持っているようだ。


「では魔獣に聖術を教わるなど馬鹿げている、ということが分かりましたね」


「やってみないと分からないだろ」


「いいえ」


「分からんだろ」


「いいえ」


「では、ひとつ質問だ。赤色の炎と青色の炎はどちらが熱いのか」


「愚問ですね。青い炎など存在しません」


「なるほど」


 私はこの少女のことが少し可愛く思えてきた。


「まずは座学からだ。朝飯を食べたら修行をはじめる」


「は?」

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