居間

「詳しく話を聞いてやる」


 居間の方には豪奢なインテリアを並べ、暖炉に私の炎が揺らめいている。ローソファに向かい合って座った。その時の私は人間の足を持っていた。リエッタは呆れたように私を見る。ここには菓子や飲み物はなかった。私の炎を以てしてもそれを産み出すことは出来なかった。あくまで炎なのだ。


「えっと」


「死にたいんだろ」


「貴方を殺したいです」


「やればいい」


「勝てません」


「だから死ぬのか」


「わたくしに価値が残っていません」


「私の話は何も聞いていなかったのか。小鬼たちに抵抗しなかった」


「コオニってなんですか」


「ゴブリーア? だったか」


「ゴブリーア」


「そこが伝わっていなかったのか」


「いえ、何となくは分かっていました」


「なら、何故奴らに首を差し出した」


「わたくしにはもう希望がありませんから」


「もう一度言うが、奴らはお前を殺さない。犯されるんだ」


「そうでしたね」


「少なくとも私はあれに穢されたくはない」


「わたくしも嫌です」


「ではあの時の行動は何故だ」


 リエッタは黙り込んだ。


「お前は頑固者だ。私に言われたから、意固地になったんだ」


「そんなことは」


「仲間は皆死んだ。家族にも見捨てられた。自分は落ちこぼれだ。それを自分に酔っているだけと言われ、後に引けなくなったんだ。お前は別に死にたいわけではない。本当に死にたい奴は自分で自分の首を刎ねる」


「わたくしだって」


「出来るのか」


「えっと」


「ではやれ」


 私は生み出したナイフをテーブルに投げた。大きな音が響く。リエッタの瞳は揺れる水面のように動いていた。彼女は緩慢な動作でナイフを持つ。それを逆手で持ちながら、首元へと持っていった。


「先は助けたが、私はお前が自死する分には止めない。これは脅しではない。死ねるなら、心して死ね」


 リエッタの頬を汗が流れ、やがてこぼれた。彼女にとっては長い時間だった。喉を鳴らしながら、震える手でナイフを動かそうと試みるが、やがて空で止まる。目を瞑ったまま天井を見上げる。私はナイフを消した。


「無理だろ」


「……そうですね」


 意気消沈した様子だった。


「当たり前だ。意固地になれる人間は、そもそも死のうとしている人間ではない。死のうとしている人間は、既に死んでいる人間だ。どんなふうに声を掛けても何も響くことはなく、感応する心が消失している。誰かに何かを言われた時、心や感情が動く人間は、まだ生きていける人間だ」


「でも」


「だまれ」


 私はテーブルに足を乗せて組んだ。


「とりあえず話は聞いてやる。今のお前の状況をすべて話せ」


 リエッタは暫くの間黙っていた。やがて小さな声で話し始めた。


 火の玉を操る力は聖術と呼ぶ。いわゆる聖家と呼ばれる宗教貴族の家柄に生まれ、代々聖術の術者を輩出することで家格を保ってきた一族は、大して威力のない火の玉を生み出すことしか出来ないリエッタを、幼い頃から無能の烙印を押して冷遇してきた。


 姉と妹がいて、それらは自由自在に風を操ることが出来る。そう、そもそも一族は風の聖術使いなのだ。火の聖術を扱うのは、リエッタが庶子の子であるからだ。そうした背景から冷遇を通り越して虐待のような扱いを受けていたリエッタは放逐され、討伐者組合と呼ばれる私のような魔獣を討伐するための組合に身を寄せた。そこで私と出会った。


 私という特異性のある存在の所為なのか、二度に渡る敗北が実家に届き、討伐者として結果を残せば認めてもらえると思っていた、わずかな希望も打ち砕かれた。


 姓をはく奪され、ただのリエッタになった。それなりに親交を深めていた仲間も死に、一人ぼっちになって打ちひしがれ、そして再び私のもとにやってきた、という経緯だった。


「なるほど」


 私は顎に手をやって首をひねった。


「全然意味分からん」


「え」


「唯一共感できるところがあるのなら、仲間が死んで可哀そうなくらいだ」


「あ、貴方が殺したんですよ」


「それもそうだ」


 私は欠伸をしながら、背もたれに体重を預けた。


「お前にとって家族はどういう存在だ」


「どういう存在」


「幼い頃は優しかったとかでもないんだろ。ずっと虐げられてきたのに、何故その家から追い出されて落ち込んでいる。そんな奴らともう関わらなくていいんだから、むしろ泣いて喜ぶべきところではないのか」


「えっと」


「よくわからんな」


「…………」


「然るに、もはや刷り込みみたいなものだ。承認欲求が満たされることなく、今まで生きてきた弊害だ。それが普通なんだ。他の生き方や考え方を知らない。生きることすなわち親に認められること。くそつまらない人生だ。そうすることでしか自己を顕在化することの出来ない無能の在り方だ」


「なにを言って」


「なあ、親のことは好きなのか?」


「えっと」


「えっとじゃなくて」


「……好きでは、ありません」


「好きでもない相手に認められて何が嬉しいんだ」


「それは……」


 リエッタは愕然とした表情を浮かべている。


「認められないと」


「何故」


「えっと」


「えっとじゃない」


「……えっと」


 私は肩を竦めた。


「何がそうさせるんだ。まずは一から順に考えろ。お前が生まれてきた意味、お前が生きている意味、これから歩んでいく意味。お前の人生は誰のものだ。親のものか、小鬼のものか、自分のものか。それすら分からないなら落第点だ。是非とも死にたまえ。私の炎は格別の手向けになる」


 私は立ち上がった。


「少し考える時間をやる。とりあえず休め」

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