屋敷

 私はリエッタを拠点に連れていくことにした。


 一瞬の逡巡の中、様々なことを考えた。最近の私の行動原理は、基本的に面白いか面白くないかである。私はリエッタを殺すことを面白く思わなかった。ただ演者である彼女が、演者のまま死ぬのも面白くなかった。


 私が伝えた言葉が何も響いていなさそうだった。それは遠い昔の茫洋とした記憶が掠めたらしく、気弱な人に何故前向きになれないのか、何故そんなに泣かなければならないのかと伝えた時のもどかしさと似ている。


 少し失敗しただけだ、またやり直せばいいと伝えても、その者はこの世の終わりのような表情を浮かべていて、私はそれが理解できなかった。人の感情にかかわる部分はむつかしく、個体差も酷く、あらゆる理屈を述べても伝わらないことが多い。この苛立ちを解消するには、今このままリエッタに死なれては、当分それが身体を痒くするだろうと確信したから、諸々を天秤に乗せた上で助けた。それに一度助けた奴が結局死ぬのも腹が立つ。


「ここは」


 洞窟の入り口を見上げ、リエッタがつぶやいた。


「私の寝床だ」


「ねどこ」


「なんだその顔は」


 リエッタは不思議そうにしている。


「えっと」


「安心しろ。中に居た奴らは全員殺しておいた」


「そういうことではなくて」


「ではなんだ」


「えっと」


 私が蛇であるということは、晒されている下半身からもよく分かるだろうけど、こうした自然的な住処を有していることに、人間である彼女の方が違和感を覚えているようだ。


 ただ、よくよく考えてみれば、確かにそうである。私は炎で何でも生み出すことが出来るのに、何故かこの当たり前の存在を忘れていた。思えば私は優雅な貴婦人ではなかったか。いや、深窓の令嬢だったか。まあそれは何でも良いのだけど、確かに近隣の畏敬を集める私としては、このような穴蔵で暮らしていることに違和感を覚えるべきだった。


 口から零れた白く輝く炎の息吹きが木々を枯らして、大地を削る。


 私の拠点の傍には小さな空き地が生まれ、そこに広がっていた炎が集まっていく。背後には唖然としているリエッタがいた。炎はうねりにうねりながら巨大になった。それは私の脳に浮かんだそれと同じ形を模してゆき、やがて質感、色、実体を明らかにして、そこに屋敷が生まれる。


 白亜の壁と赤い屋根の屋敷だ。重厚な門扉と屋敷を囲う柵まで作った。柵の穂先には私の炎が灯っている。会心の出来に私は腕を組んで頷いた。


「なにが起こってるの」


「家を作った」


「は?」


「とりあえず入れ」


 私は門に手をかけた。立ち止まっているリエッタを置いて歩き始めると、慌てたような足音が続いた。


「人間にあそこは合わないからな」


「それはそうですけど」


「腑に落ちないという顔だな」


「いやいや」


 リエッタは怒ったようにかぶりを振った。


「説明をしてください」


「なにを」


「これはなんですか」


 リエッタは屋敷を指した。


「私の炎で出来ている」


「ほのお」


「安心したまえ。熱くはない」


「意味が分からない」


「私の炎は変幻自在の性質を持つ。敵を穿つ矢になれば、空を飛ぶ鳥になる。こうして屋敷になることもある」


「信じられません」


「別に信じなくてもいい。だが、屋敷は実際にそこにある。そもそも、お前のために出してやったのに。あっちの穴蔵に放り込んでもいいんだ。こんな森の奥で屋内に入れるだけでも感謝しろ」


「別に頼んでませんが」


 屋敷の中も私の想像通りに造られていた。大理石の床、豪奢なシャンデリア、幅の広い階段に絵画や壷など、細部までこだわっている。寝室にはベッド、厨房には調理器具、その他それぞれの用途の部屋には、それぞれの器具があるはずだ。


 私の力は、身体の中にあるエネルギーを利用している。それは些細なことで枯渇することはなく、毎秒回復していくものでもあるのだけど、これだけの建物を維持しようとすると、そのエネルギーが消費される量と回復される量が同量ほどになった。つまり維持し続けられるわけだけど、今までの炎の使い方よりは消費量が多いというわけだ。


 このエネルギーの供給を止めると、この建物は炎に戻って消えてゆくというわけである。

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