矮小なる者
それからの彼らの論争は見るに堪えなかった。中にはコッソリと逃げ出そうとする奴がいたのだけど、それらは張り巡らせておいた火鳥に燃やし尽くされた。その姿が
皆が皆、自分が生き残りたいようだ。絶え間ない口論を戦斧の大男と銀髪の少女は傍から眺めていた。
埒が明くことはなく、粗野な男と傲慢な男が口喧嘩をはじめ、陰鬱な女は嘆きを溢している。私に向けられる視線に殺意はなく、いともたやすく現れた敗者たちは、その矮小さを明け透けにした。
私はむしろ自分が滑稽に思えた。これらと戦っていたこともそうだし、今こうして待ってやっているのもそうだ。
最終的にどうなろうと正直どうでもよかった。
このような提案をしたのは、人の様子を観察したかったからだ。客観的に見た人間を知りたかった。彼らの言う化け物からの視点を。あるいは強者の視点を……これが人間なのだ。
私は彼らの処遇を考えていた。約束を守るのは容易く、されど一人を決めることが出来そうにないのであれば、執行人である私に指定する権利があると言えるだろう。その方がある意味割り切れるものかもしれない。
同胞に生贄とされるのは、最後の瞬間とするには残酷的だ。私の言葉、つまり貴賤を定めるのであれば、恐らくはあの戦斧の大男がそれに当たるだろう。能力もさることながら、胆力もある。自らを犠牲にしてまでも、私の存在を持ち帰ろうとする心意気は、まさに戦士と呼べる振る舞いだ。
ただ、十中八九私の存在は露呈するはずだ。
彼が黙秘するはずがない。一人でも生き返れるのなら、それは彼にとっては願ったりの話だろう。戦闘能力に加え、交渉能力にも秀でている、という意味での胆力。私は少し銀髪の少女を盗み見た。
あと半刻ほど待ってから、それでも一人が決まらなければ、もう私が決めるべきだ。このような時間の使い方は極めて無駄。何度も言うけれど、正直なところどうでもいいことだ。
「時間切れだ」
私は暫く待ってから厳かに言った。
「いや、待て。俺が決める」
ランデルが答えた。
「リエッタだ。この子をその一人にする」
「え……」
銀髪の少女リエッタは、ランデルを見た。ざわ、と動揺が広がる。「ふざけるな」「何故、その子なんだ」「私が帰るの」そんな声があがった。誰も他者のことは考えていない。死にたくないのだから当然だ。
「静かにしろ」
ランデルは声を低くして言った。
「この中で最も若く、最も前途有望な存在はリエッタだ。彼女が帰還すると、二度奴と相まみえた者が生き残る。情報を持ち帰る上でも最良だ。奴の言葉通り貴賤を決めなければならないのであれば、そうするのが適切だ」
「どうして」
リエッタは呆然と言った。
「ああ、私も同意見だ」
私は上体を起こしながら言った。
「彼女が凡庸な人間なのは周知の事実だけど、火を生み出せる人間は少ないはずだ。確かに将来性も加味出来る。そして私は美しいものが好きだ。この中で最も美しいものは彼女だ。ああ私の次にだけどね。他の者は見目が美しいわけでもないのに、その心に巣くう矮小さを露呈させた。実に醜い限りだ。もし私が決めることになるのなら、ランデルかリエッタにしようと思っていた」
「ま、待ってください。わたくしには」
「残った俺が貴様を殺すことになっただけだ」
リエッタの声を遮るようにランデルは言った。その瞳に闘志を漲らせ、それはまるで本当に私を殺す気でいるようだ。
「
「今からその満身創痍の男に殺される奴が笑っているな」
私は苦笑しながら肩を竦めた。まだリエッタが何かを言おうとしていたけど、勝手に話が進み始めている現状に、他の者たちが怒りの声をあげはじめ、ランデルは再び構え、私は散っていた火鳥を呼び寄せた。
それからは一瞬の出来事だ。いよいよどうにもならないと逃げ始めた者たちを火鳥が追いかけてゆき、火だるまがあちこちに転がる。
振り下ろされた戦斧を拳で跳ねのけ、また逆の手でランデルを殴った。一発、二発、三発と追い打ちをかけ、空に生まれた炎の剣を手に取ると、それを横に振りぬいた。その軌道は正確にランデルの首を通った。
既に意識を失っていた彼は、首と胴が分かたれたとしても、それに気付くことはない。炎の剣には痛みがない筈だった。発作のように小刻みに「あ」と呟いているリエッタと向かい合う。
まだ生きている者はいるだろうけど、時期にすべて燃え尽きる。腰が砕けたらしく、彼女は地面に座り込んでいた。失禁しているようだ。この光景を見るのは二度目だった。そして何の因果か彼女は再び生き残る。
「どうしてこんなことを」
「さあな」
私はリエッタに興味はなかった。
「お前があまりにも弱いからだ。だから皆死んだ」
私は早々にその場をあとにした。ふと、あの場に残したあの子は、鬼や他の生物に殺されてしまうかもしれないと思いながら。
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