貴賤

 ゆっくりと空を進んだ小さな火は、五人ほど固まっていた地点でぜた。何処からか悲鳴があがる。


 頬が抉れた者、左足が消しとんだ者、腕が千切れた者、首から上がなくなった者、私はそれらを冷めた目で見つめた。周囲の者は唖然とした表情を浮かべ、その場に身体をいつけられていた。



「どちらが先に手を出したなど関係ないと、そう言ったな。その通りだ。ここではそんなことは関係がなく、最後に立っていた者が勝者である。漁夫の利、不意打ち、数の暴力、何でもありだ。この弱肉強食の法則は、森に入った生物すべてに適応される。そこで転がっている人間たちは弱かった。それだけのことなのに、何故そんな顔をしている。お前たちは殺し合いをしにきたはずだ。そうでないのなら、今頃街にいるはずだ。ここに来たということは、つまりはそういうことだ」



 私は睥睨して、肩を竦める。


「私はお前たちを逃がすつもりはない。何故なら、この姿を見られてしまった。まあ、最後に美女の裸体を拝めたのだから、良い人生だったと言えるだろ。しかと目に焼き付けることをおすすめする」


「貴様に勝てないことは分かった」


 戦斧の大男は瞠目しながら言った。


「俺は殺して構わない。ただ、他の者は許してやってくれ」


「都合の良い話だ」


「分かっている。だが、彼らは俺が集めただけだ。俺の意思でここにきた。すべては俺の責任なんだ」


「お前の意思に従ったのは、それぞれの意思だ」


「その通りだ。だが、俺に責任を負わせてほしい。彼らには貴様の存在を公開させないように便宜べんぎさせる。貴様の存在が明るみに出ることはない。化け物と言ったのも謝る。俺のおごりゆえに尊大な言葉を吐いた。すまなかった」


「謝罪は必要ない。私も私を化け物だと思っている」


 私たちの会話を、皆は固唾をのんで見守っている。誰も追随することはなく、彼を止めることはなかった。


「貴様は何なんだ」


 顔をうつむかせ、戦斧の大男は言った。


「お前の名を聞こうか」


「……ランデルだ」


「ランデル。私が何なのかを知る必要はないはずだ。何故なら、私は見ての通りの生物だ。それ以上でも以下でもなく、生命という括りに縛られた、ひとつの存在に過ぎん。姿かたちが違うだけだ」


「そんなわけがない」


「考え方は人それぞれだ。故に捉え方もそれぞれだ」


 しばらく沈黙が訪れた。


「仲間を助けてはくれないのか」


「全員が約束を守る保証がない。どうしても見逃して欲しいのなら、たった一人だけ見逃すことにする」


「それはアンマリだ」


 ランデルは声を荒げて言った。


「命の価値に貴賤きせんはない。誰かひとりなんて決められない」


「命の価値に貴賤はある。貴賤を定めるのは相対的な評価だ。王が命の価値に貴賤はないと言うのなら、恐らくはそうなのだろう。ただし王が能力主義者だった場合、それは他者からの評価で貴賤が決まる。結局のところ、皆理解している。個人を個人足らしめるのは、そこに貴賤があるからである。貴賤を無くせば確立された個は集に飲み込まれ、人は人ではなくなる。よく考えろ、この場における最良の選択肢を選べ。貴賤はないというのなら皆が死ぬ。貴賤はあるというのなら、一人が生き残る。この中で最も貴賤の高い存在が生き残る。単純明快だ。これ以上は譲歩できぬ」


 私はとぐろを巻き、身体をうずめる。


「あとはそうだな。逃げるのは構わないけど、後悔することになるとだけ伝えておく」

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