変化

 岩山の拠点は変わりない様子だった。ひとつの通路に仕掛けた炎の網には、鋭利な足を持つ蜘蛛が引っかかっていた。


 私は呆れかえりながら、その死骸を外に捨てた。人間との出会いは思いのほか、呆気のないものだ。この闘争を繰り返す生活にも慣れてきたけど、人間と出会った時に、自分はどういう振る舞いをするのだろうかと、少し不安に思っていた。私は彼らに同情することはなく、少なくとも敵対することが出来るくらいには、割り切れる存在だということだ。


 害することに躊躇いもなかった。彼らが善人なのか悪人なのかは分からないけど(短剣使いの小男はくそ野郎だ)それを平気で害せるのだから、私も化け物が板についてきた。


 一先ずユックリ休むことにした。


 次の日、腹ごしらえをしてから、ふと人間を眺めていて、思いついたことを試してみることにした。


 私の炎はご存じの通り、を持つ。それはどんな形にもなり、様々な効果を発揮する。傷を癒すことも訳がなく、鳥を成して飛び回ることもある。それならば、私のこの蛇の姿もまた、炎によって自由自在に変化出来るのではないだろうか。


 つまるところ、人を模倣出来るのではないか、という試みだ。


 それを試すにあたって断っておくけれど、私は今の蛇の姿をそこそこ気に入っている。人ではない、ということには明確な意味がある。それは様々な意味合いだ。私はまるでドレスを纏うかのように、身体を炎で包んだ。


 私の想像力は詩人も顔負けである。記憶の影に潜む『アリス』の姿を思い浮かべる。吸い込まれるような赤毛だったはずだ。私の少しくせっけのある長髪は、白い炎で燃え盛っている。精霊が住まうような澄んだ湖の瞳、蝶の羽のように滑らかな鼻梁、厚ぼったくて生意気な唇、豊満な胸に高い背丈、太陽など知らぬような白い肌。私の美しさを形容するには、万の言葉を用いても足りることはなく、そしてそれすらも凡庸だ。


 炎が優しく散ると、そこには確かな『アリス』が存在していた。しかし、下半身だけは蛇のままで、背中には純白の翼、頭上には輝く光輪がある。


 これは失敗したわけではなく、人を辞めている私なりの変化である。炎は確かな質感を持ち、色を持ち、その上半身は確かに人だった。


 炎で出来た鏡には、詩人のような言葉で形容した私が立っている。その姿は確かに『アリス』だと思うのだけど、実際のところ分からない。少なくとも髪はこんな燃える炎のような様相ではなかったはずだ。


 触ってみたところ、確かに髪のような質感で、熱くもなかった。私が触っているから熱くないのかどうかは、他者がいないから分からない。


 私のこの姿については、誰かをとっ捕まえて客観視してもらった方が良いのかもしれない。鬼の領域にいけば、人間にはまた会えるだろう。ともあれ、出来てしまった。感覚的なものだから、何となく出来る筈だとは思っていたけど、私にとっては最早、形は重要な事柄ではないのかもしれない。


 私は人であり、蛇であり、そして何者でもあり、やがて炎になるのである。


「嗚呼、むなしきかな」


 言葉を忘れた私の、掠れた声が洞窟に響き渡る。


「姿はあれども記憶はなく、されど私は私である」


 大きな身体を横たわらせながら、私はもうひと眠りした。

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