波紋
「なんだ、あれは」
「分かりません、ただ……」
「リエッタ。撃ち落とすんだ」
「え、いや、しかし」
「急げ」
短剣使いの男が声を荒げると、術士の少女は小さく言葉を紡ぎ始める。短剣が二本同時に飛んでくる。私はそれを難なく躱すと、次は炎の球が眼前に迫っていた。私はそれを躱すことすらしなかった。
身体に当たると、溶けるように掻き消えていく。術士の少女の動揺する顔が見えた。綺麗な容姿をしている。けがれなく若き肌、絹のような銀髪を靡かせ、私を見据えている瞳が揺れた。
再度、短剣が飛んでくる。
「もう一度だ」
「しかし、私の聖術では」
「撃ち落とさないと、そもそも戦いにならない」
火の球が連続で飛んでくる。彼女は火の術しか使えないのかもしれない。ただ本人も理解しているだろうけど、私に火は効かない。短剣だって当たらない。彼らに対空手段がそれしかないのであれば、これは一方的な虐殺になる。私は心の中で
「舐めやがって」
大盾持ちの大男が舌打ちをすると、地面に身体を置いた私に飛び掛かってくる。大盾で身体を隠しながらの突進は、大鬼に対しても使っていた技だ。しかしながら、それは関節を持たない相手にとっては、それ程効果的とは言えないだろう。私は大盾持ちの懐に身を翻して入り込み、首元に飛び掛かる。
その瞬間、短剣が振り下ろされるのが見えた。短剣使いが大盾の影を隠れ
私は尾を短剣使いに巻き付け、寸でのところで放り投げる。そのまま牙を突き立てるつもりだったけど、大盾持ちはその自慢の大盾を地面に突き刺して、遠心力で自分の身体を無理やり動かした。
私の身体に火の玉が直撃する。ここにきても同じ技なのだから、これしか使えないのだろう。私は再度回り込み、大盾持ちの身体に纏わりつく。機転は効いたものの、やはり遅すぎる。
弓使いは構えるだけ構え、それを射ることが出来ずにいるようだった。正直なところ、それは仕方がないだろう。連携が出来ていない即席なのだから、仲間の立ち位置を常に把握しなければならない弓使いにとっては、各々がどういう動き方をするのか分からないのだから、躊躇いが生まれても仕方がなかった。
もうこの状況に至っては、私と大盾持ちは密接に絡んでいて(いや、これは男女の話ではなく、今の私は蛇だ)他者の攻勢を遮ってしまっている。大盾は落ち、攻撃から身を守る筈の鎧も軋み始めた。
苦悶の声が傍で聞こえる。
「ガイル!」
術士の少女が叫んだ。
私は全身に力を込めた。骨の折れる音、贓物が潰れる音、息が首を通らなくなり掠れた声が漏れる。
私が拘束を解くと、転がっていた大盾の上に倒れた。
泣き叫ぶ少女の声が響く。ただこの時、短剣使いは冷静だった。戦って勝てる存在ではないと判断したのか、瞬時に逃げに転じていたのだ。
二人の女を置き去りにして。仲間が死んだのを目の当たりにして、彼女らは放心している。どうせ誰かは生きて返そうと思っていた。私は彼女らの横を駆け抜け、短剣使いを追った。
木の間を縫うように進むと、程なく短剣使いに追いついた。別の組にかち合ったらしく合わせて逃げている。私は新たに合流した者たちを発火させた。短剣使いの男はそれでも駆け続けた。
「速すぎる」
私は前方に回り込み、行く手を遮った。
「たかが雑魚狩りの筈が、藪を突くとはな」
私は口から熱線を放った。そのままそれは、短剣使いの心臓を穿った。ゆっくりとその勢いのまま身体を倒した。燃えていた人たちも消え去った。女を差しおいて逃げる男など万死に値する。
思ったほど楽しくはなかった。鬼たちが弱いから、もっと隠し玉でもあるのかと思っていたけど、実際のところは少し練度が高いだけだ。
私を相手にして、練度が高いだけでは意味がない。それこそ私の炎のような、狼王の雷のような、特別な力を持つ存在でなければならないのだ。
彼らは王位を得た鬼を倒せるか分からないと言っていたけど、これでは多分無理だろう。
願わくば、逃がした二人がより強い人間を連れてきてくれると嬉しいのだけど、戦うことだけが娯楽の、悲しき生物のようで癪だから、一旦拠点に戻ることにした。日々潜伏していると何だか自分が滑稽に思える。
繊細で陰湿な接触を心がけ、いざこうして戦ってみると虚しさが募る。
この大森林ごと燃やしてしまいたくなる。あらゆるものを業火で包み、その中で踊り狂うのだ。
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