接触

 大鬼は強いとはいえ、個体数が少ないのが難点だ。他に警戒すべき異形種は、正直初見では対処し辛いだけで、それほど肉体の強度は高くない。小鬼、中鬼は論外だ。思ったよりも一方的な展開になった。


 程なくして人間たちは引き上げてゆき、震えあがる小鬼たちが身を縮こませ、辺りは急激に静まり返った。興味深く思っていた鬼の生態や存在は、一気にその矮小わいしょうさを露呈させ、私の興味を損なわせた。


 その多様な進化は面白いけど、正直なところ根っこの部分が弱卒じゃくそつなのだ。人間を簡単に殺せる大鬼さえ、知恵を以てすれば造作もなく、それを真似る術が奴らにはない。その醜い容姿は目を楽しませることはなく、精錬された技術もなく、残るのは極めて原始的な敗北者だ。


 人間たちは連日鬼狩りを慣行した。


 一日目に見せていた張り詰めた空気感はなく、遠出してきた旅行者のような足取りで森を闊歩した。日に日に鬼たちの情勢は弱まっていき、人間たちの数も減らしていった。


 あの銀髪の少女がいる組は、毎日その行軍に顔を連ねている。彼らが率先しているようだった。どうやら他の組の者からも尊敬されている強者らしい。確かに特異な術は兎も角として、それを守護するように立ち回っている男たちの身のこなし方が、熟練者の威風を纏っている。私は鬼狩りが終わるのを待ち、彼女らに接触してみることにした。


「ゴブリーアの王は出てきませんね」


 銀髪の少女が言った。鈴のような声音が響く。


「確かにゴブリーア共の数が多かった。誕生していてもおかしくはないはずだ」


 短剣使いの小男がそれに答える。人間たちの行軍で鬼たちのことをゴブリーアと呼んでいるのは知っていた。


「しかし、上位個体の数はそれほど多くなかった」


 今度は盾持ちの大男が言った。


「考えすぎだったのかもしれませんね」


「杞憂であれば、それに越したことはないさ」


「それもそうだ。王位を得た個体は俺達でも仕留め切れるか分からん」


 会話を続けている三人の他に、二人同行しているものがいる。連日見ていると、彼ら三人は固定で動き、穴を埋めるように様々な人がそこに入ってくる。今日は軽薄そうな顔の、手先で槍を弄んでいる男と、馬の尻尾のように束ねた髪とそばかすが印象的な弓使いの女だ。


 槍使いはボンヤリと周囲を見渡しながら、口笛を吹いている。一方で弓使いの方は、臨時の味方とのコミュニケーションを取りあぐねている。彼らは油断しているようだ。


 鬼たちは風前の灯火ともしびだから仕方がないのかもしれない。とはいえ、今から私と戦うことになるのだから、その体たらくでは困るのだ。私は槍使いの男に照準を定め、いつものように発火させた。


 突然炎に包まれた槍使いは惚けた声をあげ、周りはすぐさま異変に気付いた。槍使いの男は自分が燃えていることに気が付き、叫びながら転げまわる。動揺で二の足を踏む弓使いを除く、いつもの三人組は直ぐに周囲の警戒をはじめた。


 一瞬の判断のうえ、槍使いは切り捨てられた。私はその割り切り方に感心した。冷静に考えれば、外敵の存在がいることと、消火が困難であることを理解できるだろう。ただ誰も攻撃されたとは認識できなかったはずだ。それでも警戒に移れるのが熟練者というわけだった。


「リエッタ。今のはなんだ」


 大盾持ちの大男が声を張り上げた。


「分かりません。少なくとも、わたくしには出来ません」


 術士の少女は冷や汗を滲ませながら、眉を顰める。


 このまま無駄に警戒している姿を眺めているのも悪くはないけど、空に飛んでいた私はゆっくりと下降して、彼らの前に姿を現した。息を呑む音が響く。それは誰の音か、あるいは全員の音か。

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