大鬼
ある時、街道に現れたのは大鬼だった。筋骨隆々の身体に、天を突く双角、皮膚を朱く染め上げ、手には斧を握っていた。
未だ浅黒の肌を持つ中鬼が二体、そして五体の小鬼を含めた明確な部隊だ。そしてやはり潜伏する。
大鬼ともなれば、森の中でも強者である。私の場合は策を弄される間もなく殺してしまうけど、実際のところ、成長した個体の方が知恵も働くのだろうか。
小鬼は悪知恵だけは働くようなのだけど、それは初動だけの話で、結局は本能のままに行動する。
潜伏して不意を突くなら、不意をつけそうにない状態の時に出ていっても仕方がないのに、小鬼はそこが分からないようだ。そうした部分での進歩も見られるようなら、私は奴らのことを上方修正しなければならない。ただ、実際にその時が訪れてみれば、正直なところその判断すら出来なかった。
何故なら大鬼が単独で勝利したからだ。勝負は一瞬だった。人間たちはたったの五人組だった。商隊などの護衛とかではなく、ただ武器を携えた五人組が街道を歩いていた。同じく大森林の方を気にしていたけど、それはどちらかというと得物を狩るような目だった。
彼らは小鬼を狩りに来たのかもしれない。しっかりと間引いておかなければいけないのは明白だから、駆除専門の存在もいるのでは、とは考えていた。
ただ今回は相手が悪いようだった。繁みから飛び出してきたのは、矢のような速度で飛んでくる斧だ。
若い男の顔面に突き刺さると、血しぶきをあげ、そのまま身体を倒した。傍にいたこれも若い女が悲鳴をあげ、それを皮切りに今度こそ大鬼が飛び出した。残りの三人も若い男だ、精悍な顔つきだったその表情は瞬時に青ざめ、身体を硬直させている。大鬼が巨大な咆哮をあげたからか、あるいはその威容に驚いていたのか、兎に角一歩も動けなかった。
大鬼が丸太のような腕を振り下ろすと頭部がはじけ飛び、逆の手を振り回すと身体が跳ね飛ばされた。男たちはほとんど即死だった。飛ばされた男だけが息をしていたものの、繁みから現れた小鬼に群がられ、見るも無残な姿になっていた。
若い女は尻もちを付き、失禁している。目を見開き、涙を流しながら絶望の表情を浮かべている。どう考えても助かる道がなく、その可能性を持つ私もまた、それを成そうとは思わなかった。
この時の私は既に人間を特別な枠組みと捉えていなかったのだ。
生物の基本である弱肉強食を尊ぶ、強者としての矜持を持っていた。そこに善悪はなく、あるのは純粋な真理である。彼女らは戦うことすらしなかった。知能を得るというのは、すなわち感情を得るということ。そしてそれらは場合によって足を石に変える。
彼がの差は一目瞭然ではあったから同情はするけど、ただそれだけだった。どうやら女は捕らえられるようだ。私の推察の一つに、あの異形種は他種族の母体を介したのではないか、というものがある。
わざわざ狙って女を連れていくのだから、きっと推察の回答が見れるはずだ。「嫌、嫌、やめて、お願い許してください」と泣き叫ぶ女を眺めながら、私は後をつけた。小鬼たちは興奮して大鬼を取り囲んでいる。待ち遠しいと顔が言っていた。
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