矮小な鬼

 私は口に咥えていた炎の短剣を振りぬき、小鬼の首を飛ばした。小鬼はシンボルの角に、浅黒い肌、赤い目、不細工な造形、短手短足、そして小さな性器を持つ。おおよそ良い点が見当たらない生物だ。


 跳躍力が特筆すべき点ではあるけど、それはあくまで低身長の小鬼を基準にしたものだ。その自慢の跳躍のおかげで、頭を殴打できることは彼らにとっては救いかもしれないけど、唯一の褒めるべき点がその程度である。何の特殊な特性を持つわけではなく、本当に数が多いだけだった。


 再三言うけど精力だけは凄まじく、日常的に精子を垂れ流しているくらいだ。あり得ないくらいに気持ちが悪く、何故不細工な小人の精子が飛び散っている様を私は眺めなければいけないのか。


 私は蛇ではあっても、深窓の令嬢である。高貴な私に何故断りもなく不快なものを見せるのか。


 不敬な奴らへの私の攻撃は殺意に満ちていた。何体も惨たらしく殺してやった。怒り半分、嫌悪半分での殺戮を繰り返していると、これは、どうにも狼よりも数が多いのではないか、ということに気が付いた。


 一本二本の木を通り過ぎると、すぐに小鬼がいる。城下町の市場を進んでいるようだ。そして小鬼の中でも、とりわけ強い個体に出会った時、その仕組みに驚いた。その強い個体というのは、相まみえると肌で分かる王の気配ではなかった。ただ普通の小鬼よりも図体が大きく、また角も鋭利に天を突き、どことなく自信に溢れている。そして剣を握っていた。


 視認出来るほど刃こぼれした、錆びたなまくらではあるようだけど、やはり小鬼の中でも格が高いような振る舞いをしている。


 暫く観察していても明らかに横柄だ。殺すとき、他の個体と違うところは特になかったけど、少しだけ皮膚が硬かったような、そうでもなかったような、私からするとそれほど差はなかったけど、恐らく少しは強くなっているのだろう。狼たちは王を除き、個体差はないようだった。


 もしかしたらあるのかもしれないけど、それは目に見えない程度の差だ。しばらく注意深く伺っていると、やはり小鬼には、一定数大きな個体が存在していた。中には小鬼とは呼べない大きさの個体も含まれていた。


 子供と大人の違いなのかとも思ったのだけど、それにしては大きな個体が少なすぎる。区分すると小鬼、中鬼、大鬼の三段階の違いがある。


 少し毛色が違うというか、弓を扱っている個体、樹上での移動を好んでいる個体、四足歩行の個体、少し基本の遺伝子からは外れた、とも呼べる存在も確認できた。


 何やら面白い生態系を持っているようだ。小鬼や中鬼辺りに違いは感じられなかったけど、大鬼の枠組みに属する個体は、確かに力が強く、皮膚が硬く、単体最強格の蜘蛛や熊さえも捻りつぶしてしまうような、そんな圧倒的存在感を持っていた。異形種はその三つの大きさの枠組みに含めるのは難しく(大きさと戦闘能力の高さが必ずしも比例するわけではないから)弓を射る個体は少しだけ知性を持ち、樹上の個体は細長い腕を持ち、四足歩行の個体は鋭利な爪を持っている。


 さまざまな形に変えるその生態系の変幻自在さは、まるで他の生物の特徴を得ているかのようだった。


 はたして特殊な個体が生まれてくるのか、成長の過程で進化するのか。少なくとも異形種はそう生まれてきたはずだ。


 骨格からまったく違うのだから、そうでなければ、それは恐ろしい話だ、指向性を持たせて成長すると、あのような異形に進化できるとする。中でも、その指向性を持たせられる知恵を持った個体が存在しうるのであれば、この鬼と仮定した種族は、あっと言う間に世界の覇権を握ることだろう。


 少なくとも狼たちに太刀打ちは出来ない筈だ。様々な能力を持った、人間の軍隊と対峙するようなものである。それも圧倒的な繁殖力を持った存在がだ。私はその鬼たちを眺め、うすら寒くなった。


 もちろん、恐らく母体が違うだけだ。真っ当に推察をすると、他の魔物に鬼が子を産ませたら、あのような異形の個体が生まれてもおかしくないはずだ。あの精力であれば、雌ならなんでもいいような具合だろうから、そこに性器を入れる穴があるのであれば、見境なく精を発散するだろう。


 道端で突然性器を触り始める奴だ、私は何一つ信用していなかった。成長することで生まれるのは、中鬼、大鬼だけ。それ以外は他種に子を産ませた説が最有力ということで一端考察をやめた。


 その多様性をしばらく楽しんでいたけど、やはり醜い生物を見続けるのは、精神的負担が大きく、奴らを狩るのもすぐ飽きた。


 王らしき個体はどこにも存在しなかった。私は拠点から少し離れることにして、もっと先の方に進んでみることにした。

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