決着
私が決意をあらためた瞬間、狼王は何故か目の前にいた。
驚く暇もなかった。
狼王は鋭利な爪を既に振り下ろしていたのだ。
回避が間に合うはずもなく、私が取ったのは迎撃だった。視界に収めていたのであれば、私の炎は纏わりつく。
それこそ蛇のように。
狼王の身体が真っ赤に染まる。ただ振り下ろされた爪もまた、私の身体を穿った。咄嗟に腹は見せなかった。そこが弱点だと理解しているからだ。私の皮膚は硬く、さまざまな検証を行った結果、並大抵の攻撃ではうろこを通さないのだけど、その爪は難なく貫いてきた。
私ははじめて駆け巡る痛覚に怯え、だが脳は冷静に働いている。火に驚き、たたらを踏む狼王の首に飛び掛かると、そのまま四肢を経由して身体に巻き付いた。このまま骨を折ってやる。
ほとんど決着をつけるつもりでの攻撃だった。
既に炎に包まれ、このまま消えてゆくだろう。
ただ奴は一足で私に傷をつけたのだ、空を飛んでいる私に。油断はならない。攻撃は最大の防御であるから、こうして密着してしまえば、奴の爪は当たらない。全身に力を入れた。
ただ、私はまだ奴を甘く見ていたのかもしれない。
私が炎を操るように、思い返せば狼たちも雷を扱うのだ。そしてその王たる存在は私と同じ領域にいる。
つまり自然を操れる側の存在だった。
その可能性があることを、私はスッカリ忘れていた。全身を太い針で刺されたような感覚が響いた。
私はその瞬間的な力に弾き飛ばされ、というよりは思わず身を捩らせてしまった。翼が上手く動かない。制空権を得ていたはずの私が、何故か落下しようとしていた。私を見下ろしている狼王はやはり燃え続けている。
ただ空に立っていた。私は凄まじい跳躍力を持っているのだと思っていたけど、いやそれは実際にそうなのだけど、どうやら奴は空を駆けることが出来るようだ。なんなのだそれは、など思う暇もなく、奴は落下していく私に爪を振り下ろしていた。やはり圧倒的な速度だった、瞬きをする間もなく接近している。
躱したいのに、身体が動かない。
あの爪は私の腹を両断する力がある。致命的な一撃に成りうる。私は防御用に作った炎のヴェールを即座に展開すると、薄い膜が私の全身を包み込んだ。
狼王は危険だと判断したのか動きを止め、今度は大きく口を開いた。紫電が光を放ち、膨大なエネルギーが広がっている。
それはひとつの巨大な球を成し、咆哮とともに放たれた。
私は身体を覆っていた薄い膜を、大きな四角形にして巨大化させる。飛んでくる球をその四角形の膜が受け止めると、風を得て膨らむ帆のような形になってから、なおも進もうとする雷の球を包み込んだ。
私の身体の前で急停止すると、ブーメランの如く、持ち主の方に軌道を変えた。炎に包まれたそれは、もう私の指揮下にある。
身体を地面に叩きつけられ、傷口から血が噴き出した。狼王は跳ね返ってきたそれを身を翻して躱した。追撃させようと思った瞬間、せめぎ合っていた炎と雷の球が爆発した。私の身体の痺れは少しマシになっている。身体を起き上がらせると、爆発に巻き込まれそうになった奴も態勢を整えていた。
私は傷口に炎を塗り込んだ。みるみると穴が塞がっていく。狼王の皮膚は焼けただれ、正直動けているのも不思議なくらいだった。
狼たちは炎を嫌っていた。それに身を焼かれているはずなのに、何故こうも堂々と出来るのだろう。何故翼を持つ私が見下ろされている。私は見ての通り傷を癒せるのだ。炎は雷を以て消えることはなく、絶え間なく揺れている。間もなく決する、それはもちろん私の勝利の勝鬨が鳴ることだ。ただ、何故だか追い詰めているように感じられなかった。
狼王には時間がなかった。初動を感じさせることはなく接近してくる。もうそれは二度見た。やはり苦しんでいるからだろうか、幾分か遅いようにも感じる。爪を振り下ろしている奴を搔い潜ると、遠心力を蓄えた尾で弾き飛ばした。
そのまま尾の先から熱線が追撃する。まるでそこに足場があるかのように奴は身を翻すけど、一度止め、照準を合わせて再度放つと、それは奴の身体を貫いた。地上に居た配下たちが飛び掛かってくる。
熱の膜に触れては消えていく。奴は口を開いた。またあの技だ、奴の真下の地面から火柱が立ち上る。それは開いた口を穿ち、強引に閉じさせた。その時にはじめて、狼王は地面に落ちた。
うめき声をあげながら、したたかに身体を打ち付ける。私は入れ替わる形で空に飛んだ。ほとんど毛は焼け落ち、皮膚もただれ、なお鋭く光っている眼光とともに目玉が落ちた。
その圧倒的な生命力には驚かされる。私は残酷な処刑人でもなければ、弱者を
その決断は狼王を余計に苦しませることになる。私は心臓に狙いを定め、熱線を放った。それは動くことの出来ないでいる奴を容易く貫き、大きく痙攣したあと身体を地面に沈めた。
辺り一帯に狼たちの死体が散乱している。
多勢に無勢だったこの抗争は、恐らく私の勝利だろう。しかし、それのなんと空しいことか。どことなく後味が悪く、その場に佇んでいると、力の起こりを見た。狼王が這いつくばりながら私を見据え、内包された力の奔流をほとばしらせている。今度こそ私は恐怖に打ち震えた。
素早く空に駆けた。
一瞬の間に紫電が木々をなぎ倒して、空を穿とうとする。
私は難なく安全圏に避難出来たものの、最後の悪あがきにしては、命の危機を感じるような一撃だった。狼王はピクリともしなくなっていた。
そうして私は、新たな拠点を獲得した。風が木々を通り抜けて頬を撫ぜる。空は
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