狼王

 狼たちはまだ穴ぐらから出続けている。私は炎の熱線を口から飛ばした。それはまるで一本の槍のように固定化され、首を少し捻ると狼たちは真っ二つになった。私はその姿を感慨もなく眺めていた。


 私の視野は広く、奴らの不意を許さない。しかし奴らには不意を突くことでしか勝機はなく、そしてそれすらも敵わないのだ。


 私の身体をヴェールのように炎が巻き付きおおっていく。炎のヴェールは薄い膜を広げた。


 私はゆっくりと歩を進める。先ほどのような派手な攻勢をやめた私に、好機と見た狼たちは一斉に向かってくる。


 一体が飛び掛かってきた。四方に広がっている薄い膜を通り過ぎると、蒸発したように姿を消した。


 起こった出来事がよく分からなかったのか、また一体、もう一体と膜を通り抜け、姿を、いや存在をこの世から消していく。


 流石に様子がおかしいことに気が付いた狼たちは、二の足を踏み始めた。攻勢を極めようとしていたはずの勢いは霧散して、戸惑いの気配が広がっている。それを切り裂くように響いたのは、大気を震わせるような、ひと際重厚な遠吠えだった。


 私はその存在をすぐに認知した。


 奴は遥かに大きく、そして圧倒的な風格を持っている。分からない筈もない。むしろ遅いくらいだ、随分数を減らしてしまった。


 金色の眼光が私を射抜く。


 暫くの間、誰も動くことはなかった。生き残っている狼たちは、侍るように王と並んだ。


 狼王は私を見下ろすように立っていた。気に食わなかった私は、すぐに翼を広げて飛び立った。


 逆に見上げる恰好となった狼王は、やはり不機嫌そうに鼻を鳴らした。


 私はまた、爆発する炎を飛ばした。奴らは何らかの情報伝達手段を持っている。故に私の炎を知っている。どう対応するのか、そういう意味が込められた最初の一手だった。狼王は一歩も動かなかった。


 その瞳は炎を捉えている。私は怪訝に思って眉を寄せる(もちろん寄せる眉はない)。狼王は大きな声で再び吼えた。それは間違いなく、私のような特殊な力が作用している。


 大気を震わせ、その振動が空を駆けている。私の炎が掻き消え、その衝撃は私の身体を数歩分下がらせた。


 やはりそうだ。そうだった。


 私は身体を震わせた。私の炎が無効化されたことに怯えたわけではない。武者震いでもない。そこには歓喜があった。


 おかしいのは私だけではなかった。ここには、あるいはこの世界には私のような存在がいるのである。何も心配する必要はなかった。退屈に怯える必要もない。ではやるべきことはひとつだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る