帯電する狼

 私のもっぱらの標的は、その帯電する狼になっていた。逃げていく彼らを追うと、どうも行き先が同じなのである。


 基本意味もなく練り歩いている奴らがほとんどの森の中、あの狼たちだけは、私が放棄した拠点という概念を有している可能性があった。近づくことに危険性を感じていた私だけど、やがて暇になって向かってみた。


 そこはやはり狼たちが無数にいた。


 洞窟を根城にしているようだ。周囲を探索すると、まるで蟻の巣のように無数の入り口があるようだった。そうなると中も入り組んでいるはずだ。大きな岩山に出来た天然の要塞は、確かに拠点としては優秀と言える。


 この山は高く、空から見れば目印になる。森に隠れた拠点に戻るため試行錯誤するくらいならと、小屋を捨てた私にとっては、もしかしたら優良な物件なのかもしれない。


 ここなら拠点を再度築いてもいいのではと考え、やがて帯電する狼と全面戦争することを決意した。私は多少の危険をむしろ臨んでいる節がある。それは良くないことなのかもしれないけど、退屈の方が嫌いだった。


 それに伴って、ここ二日間くらいは哨戒しょうかい狩りに精を吐いていた。まずは数を減らす。数は太古より偉大な力だ。私は慢心はしても過信はしない。理性は感情を操るためのものである。


 私は二日駆けまわりながら、おおよそ百体もの狼を駆逐し続けた。


 哨戒している部隊が少なくなると、奴らの拠点に近づき、様子を見る。一体、巨大な個体も発見した。薄々気付いていはいたけど、統率している個体がいるのだ。それは私よりも大きく、その身に蓄えた電気は可視化されるほどだ。


 如何にも歴戦の戦士といった風格を持っていて、一見して勝ち目などないように思わせた。


 ただ、私にも既に揺ぎ無き慢心と実績を持っている。


 そして馬鹿ではない私は、今視認出来ているこの状況、白き炎を頭の片隅に思い浮かべたけど、すぐに踵を返した。もしそうしてあの首領が死ぬというのなら、私はきっとガッカリしてしまうだろう。そうした心が二の足を踏ませた。あれは私に比肩する唯一の個体かもしれなかった。


 次の日は少し早く目覚めた。


 特段決まった行動のない私は、早速帯電する狼たちの根城に向かった。近場に潜伏していたから、すぐにたどり着く。


 連日派手な攻勢を行った私の所為で日夜警戒態勢にある。辺りの岩場には狼たちが周囲を見つめている。私は目に意識を持っていくと、一体の狼が突然発火した。隣の個体が遠吠えをあげ、根城の穴という穴から狼が飛び出してくる。


 私はそのまま木にぶら下がりながら、一体一体を視認していった。辺り一帯は混乱を極め、得体の知れない外敵を必死になって探している。


 やはり不公平だ、これは。


 私は木から降りると、ゆっくりと岩山に向かっていった。やがて木々を離れ、私の姿が太陽の下に晒される。


 一体が私に気付くと、示し合わせたように皆がこちらを見る。彼らには特別な情報伝達手段があるように思われる。


 一斉に遠吠えをあげると、私にむかって走り出した。私は翼を広げて空に飛ぶ。私はこの一週間で炎を正しく掌握している。それは私の根底に根付いているもので、その全貌を把握するのに、それほどの時間は要しなかった。


 最初だけ、何かの取っ掛かりが必要だっただけだ。炎は私の意思のもと具現化される。そこに炎の種類はなく、あるのは意思に従った変幻自在の炎だった。私が外敵を殺すために炎を出すと、対象が消滅するまで燃え続ける炎が生まれ、ただ食材を焼きたいだけの時は、消えることのない炎が生まれ、そしてそれはもっと自由なものだから、相手を捕まえたいと思えば、非常に粘着力のある、それこそ鋭利な足を持つ蜘蛛の糸よりも遥かに悪質な、ほどけることのない、そして熱を感じることのない、特殊な炎が生まれる。


 私は小さく息吹くように口をあけた。


 小さな火種が飛んでゆき、入り乱れている狼たちの中央で爆ぜた。もう一つ、もう一つ、爆発する炎をばら撒き、それは狼たちを恐怖に慄かせる。そもそも奴らは火が苦手だった。生物の根源的な恐怖心をあおるようだ。私は煙が晴れるのを待ってから、地面に着地した。辺りに肉片が飛び散っている。炎の残滓ざんしが地面を焼き、辺りに静けさが訪れた。

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