調理

 我に返ったような虚しさと明確な達成感に包まれていた。


 燃えた二体は跡形もなく、食料として使えそうなのは蜘蛛が刺し殺した狼二体だ。血の匂いが漂っている。


 とりあえずは離れるべきだけど、二体とも持っていくのは少し骨が折れそうだ。身体を上手いこと使えばやれないこともないけど、機動力や瞬発力の低下は、さっきの蜘蛛のような奇襲を許してしまう。私は欲張らずに一体だけ抱え、その場をあとにした。


 いたるところの木につけていた牙のあとを頼りにして小屋に戻った。


 元々そんな遠くに行っていなかったから、空からも確認しながら、迷うことなくたどり着いた。


 さて念願の肉を得たわけだけど、私にはまだ幾つかの試練が残っている。というのも、このまま皮ごと食べる、また生のまま肉を食べるというのは、美食家としてはあり得ない選択肢だ。


 私はこれを調理しなければならない。


 ただ、最初の関門がもっともむつかしいところだ。


 私には腕がないのだから、これの皮を剥ぐことが出来ない。性格上不承不承ふしょうぶしょうではあるものの、綺麗に剥ぐのは諦め、兎に角肉を取り出すだけなら、牙で上手いこと出来そうだった。私は固定観念に苦しめられながら、狼の傷口に牙を差し込んだ。


 炎が出てしまうのではないかと思ったけど、それをするのは私の意思が必要だった。燃やそうと思わなければ問題ない。牙を器用に動かしながら、その傷口を広げていった。


 牙は異様に鋭く、新品のナイフのようだ。血が弾けて顔を濡らした。柔らかな感触が牙を覆うと、何かが切れる音、何かが潰れる音、おおよそ心地よいとは言えない音が、森の中で小さく響いている。


 私に体内組織の知識はないため、どこに何があるのかもよく分からない。ただ内臓は必要なかった。


 なんとなくそうだと思われるところを、乱雑に切り剥いでいく。


 やがて元々何だったか分からなくなった死体と、こまごまと分かれた肉の山が出来た。次に落ち葉や枝などの燃えそうなものをかき集め、これも一つの山にした。関門その二、私は肉を焼くための炎の在りかを知っているけど、それは今のところ調節不可能であった。


 ただ、それは私がそう意識していなかっただけなのかもしれない。


 少なくとも今回は、跡形もなく消し飛ばしてしまっては、折角の努力が水泡に帰す。私は集めた草葉の山を燃やそうと近づいた瞬間、目の端で何かが。視界が真っ赤に染まっている。


 私は驚いていると、すぐにそれはもとに戻った。


 しかし、不思議なのは目の前の草葉の山が燃えていたことだ。私はまだ牙から分泌される毒液を散布していなかった。


 それなのに着火されたのだ。


 原因はその前に起きた視界が真っ赤に染まった現象だろうけど、そもそも私の視界は複雑怪奇ふくざつかいきの様相を呈している。


 まるで人間のように見えているのだけど(それもおかしな話だ)恐らく奇襲を受けなかったのは、状況に応じて遠くの景色が見えるようになることと、熱源が見えること、兎に角視界が広いことなど、私の知る蛇にしてはやけに視覚が発達している。状況証拠だけを鑑みると、更に私の目には視認したものを発火させる力があるのかもしれない。


 この時の私は、既に帯電している狼を知っていたから、まあそういうこともあるかと思うことが出来た。


 ここに存在しているのは、私の茫洋ぼうようとした常識では捉えきれないのである。後手に回るのが嫌な私は、無理やりに適応した。そんなものだ。突然発火するくらいわけないのだ。


 とにもかくにも、その得体の知れない火は、さじ加減を理解してくれている。切り分けた肉たちを火の中に放り投げた。私は小躍りをしながら、ゆっくりとその時を待った。

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