第9話 余命

「こんにちは先生」


冬美は、控えめに挨拶する。

そして、先生は無言で俺をじっと見てくる。

こんな、堅苦しそうな人にじっと見られると緊張するので冷や汗が出た。

そして、先生が口を開く。


「雪野くん、そちらは?」


冬美に尋ねる。


「こちらが、この前お話した夏宮和人さんです」


冬美は俺を丁寧に紹介した。

すると先生は、堅苦しい表情から笑顔になり話し始めた。


「おお、君が噂の夏宮くんかー。ご挨拶が遅れましたね夏宮くん。私は、雪野くんの主治医の霜月です。雪野くんの病気の研究も同時にしているんだ。よろしく」


改まって自己紹介をする霜月先生。


「初めまして、夏宮和人です。高校生です。こちらこそよろしくお願いします」


俺も改まって自己紹介をする。

そして、霜月先生が食い気味に話しかけてくる。


「ところでなんだけど夏宮くん、君雪野くんのこと助けたんだったね!すごいよ。国民栄誉賞だよ」

「は、はい…」


国民栄誉賞?大袈裟すぎる。

この先生の話のペースにはついていきづらい。

見た目とは裏腹におちゃらけた人だった。


「今日は定期検診だね。じゃあ雪野くんは早速検査室に向かってくれ」


霜月先生がそう言うと、何人かの看護師さんと冬美は診察室を出て検査室へ行った。

そして、俺は霜月先生と診察室に2人きりとなった。

霜月先生は、真剣な表情で話し始めた。


「君は、それなりに雪野くんと仲がいいらしいね。しかも、話を聞いてる限り君は雪野くんの心の支えになってそうだね」

「まあ、心の支えになってるかどうかは自信がないんですがそれなりに仲良くしてます」


俺はそう返答すると、霜月先生は眉間にしわを寄せ深刻そうな顔で口を開く。


「君になら言ってもいいだろう…。単刀直入に言うと雪野くんの余命はもう半年もない…」


え…?

どういうことだ…。

余命半年…?

この人、また冗談か…?

俺は、頭が混乱した。

1つの情報なのに、情報量が多すぎる。

俺は突っ込むように霜月先生に聞く。


「い、いや余命って冗談ですよね」

「私も冗談と言いたい。だけど、こればっかりは冗談じゃないんだ…」


霜月先生は、険しく悲しそうな表情だった。

俺はその表情を見て冗談じゃないと分かったのちに全てを察した。

だから、冬美はあの時あんなことを…。

だから、あの時あの表情を…。


俺の口は石になったかのように何の言葉も出なかった。

そして、頭が真っ白になった。


「夏宮くん、夏宮くん!」

「はい」


霜月先生の言葉で、放心状態から現実に戻る。


「このことは、雪野くんには内緒にしておいてくれ。それと雪野くんは君といると元気そうだし君の話を嬉しそうにするからこのまま面倒をみてやってくれないだろうか…」


霜月先生は俺にお願いをしてきた。


よ、余命…。

半年もない…。

その事ばかり頭を駆け巡る。

俺の感情はもう涙が出るとかそういう次元を超えていた。


そして、俺は生返事をする。


「任せといてください…。俺が最後まで付き添いますから…」

「頼んだよ…」


霜月先生との会話が終わってちょうど冬美が検査から帰ってきた。


「お待たせしました、和人さん」

「お、おかえり…」


俺は、なるべく動揺を悟られないように取り繕った。

そして、検査結果のデータを看護師さんから霜月先生に手渡される。

霜月先生は、喋り始めた。


「雪野くん、検査お疲れ様。今回の検査はね前回より数値がいいよ!体温もちょっと上がってるしこのまま頑張ろう!」


霜月先生は、さっきの悲しい顔が嘘なくらい良い笑顔で検査結果を冬美に報告していた。

そして、冬美を笑顔になって返事をしていた。

俺も強引に笑顔を作った。


この場のみんなが笑顔だった。

しかし、俺は悟った。

本当はみんなが心の中で泣いていることを…。


「2人とも今日はお疲れ様。じゃあまた」


霜月先生のそのセリフで、今日の診察は終わった。

俺たちは、診察室を出て会計で診療明細などをもらい病院を出た。


外は相変わらず寒く、また雪が小降りだが降っていた。


「良かったね。検査結果が良好で」


俺は、動揺を隠すため当たり障りのないことを冬美に言う。


「はい」


そう返事をすると同時に冬美はニッコリとこっちを向いて笑った。


『君になら言ってもいいだろう…。単刀直入に言うと雪野くんの余命はもう半年もない…』


霜月先生の言葉が脳内再生された。


この笑顔がもう…。

こんなに愛おしい笑顔が…。

誰か嘘だと言ってほしい…。


「冬美、何か欲しいものとかさ…ある?」


俺は、声の震えを押し殺して質問した。

冬美は、その場でじっくりと考え答えを出す。


「青空が見たいです。一面の雲ひとつない青空…」


そう答えた。

俺には、青空を見せることはできない…。

すごい無力感に襲われた。

でも、青空を見せてあげたい。

見せるしかない。

俺はそう心に誓い頭をフル回転させた。


「ちょっと俺について来て」

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