第12話 前哨戦 同年同月28・29日
遂に出陣の日が来た。昨日山内上杉の出陣が早馬にて成田の忍城に伝えられ、そこから手旗信号で連絡が届く。まだ日は昇っていない。
普通出陣はもっと時間をかけるものだが、将軍か公家か何かに急かされたのだろうか。或いはこちらの情報収集に気付き、いち早く虚をついて動くつもりか…。ともあれ、こちらの動きも変わらない。
天気は晴れだ。湿度こそ高いが、火薬が湿気る程では無い。走り梅雨に当たらなくて助かった。
「難波田らが江戸に入り、太田美濃守が河越に入るのを見届けてから出陣とする。その他の諸将はすぐさま出陣せよ、動きは前々日に伝えた通りだ」
太田資正「御屋形様、只今大急ぎで馳せ参じ申した。北条の連中など返り討ちにして相模まで追い落として見せまする」
「いや…河越城から一歩も出ぬようにせよ。人質などもおる。ここが落ちればどうにもならぬ故、挑発されても乗るなよ」
太田資正「む…。左様でございますか…」
「安心せよ、守りきれば勲功は難波田の次だぞ。それにこのような任を任せられるのはお主だけなのだ、分かってくれるか?」
太田資正「ははあっ!!!
この身命に代えても、必ずや守り通しまする!!!」
「そ、それは心強いな」
伝令「御注進。北条勢が小田原、玉縄、小机を中心に挙兵、今川への抑えに北条氏尭を小田原に残して武蔵に侵攻する動きを見せております」
「やはりか。難波田はまだか?」
小姓「どうやら領地を離れたがらない者もいるようで、苦慮しているようです」
「…最悪籠もれる兵だけで守るよう伝えよ。士気の低い兵が入ってもそれはそれで問題だ」
伝令「三戸駿河守殿、太田信濃守殿御出陣との由!」
「良い動きだ、渋川にも急がせよ」
勅使河原の使者「白井長尾から、山内上杉軍は既に集結して、足利方面に向かっているとのこと」
「相分かった、報告大儀」
足利義勝「何やら忙しそうだな」
「忙しくなるのはこれからだろう。というか…戦支度は出来たか?」
義勝「うむ。江戸城から呼び寄せた兵共も既に松山城に向かっておる、萩野谷も準備が出来たようだぞ」
「ならば良い。松山城に着いた兵は休憩を取らせ、忍城まで向かわせよ。合流は忍城とする。
萩野谷隊は忍城より先を急がせよ」
足利千佳「五郎殿!!」
「…千佳殿。本来ならば戦が想定される城になど留まることの無いようにすべきなのですが、安全な地が無く…申し訳無い」
千佳「そんなことはどうでもいいのです、また戦ですか?」
「私が体験したことの無い未曾有の大戦…であるのは間違いない無さそうです。ここ河越城で身を守っていて下さい」
千佳「任せて下さい!!
最近薙刀の稽古も始めたので!!」
いや、自信満々なのが逆に心配だな…。
「……最悪指揮は執っても構いませんが、絶対に直接戦ってはいけませんよ。どうにもならなければ城を捨てて逃げて下さい」
千佳「…五郎殿は?」
「敵の大軍を破り、反転して攻めてくる北条を打ち払います。どうかそれまで、辛抱してくださいね」
千佳「五郎殿…ご武運を。必ず、必ず私の元に帰ってきて下さい」
「ええ、必ず」
伝令「足利長尾家より、古河、佐野の挙兵を確認したとのこと!」
足利義勝「そろそろ敵が出陣するという訳か」
伝令「手旗信号にて、難波田衆が江戸城に入り、守りを堅め始めたとの由!!」
ギリギリ間に合ったな。江戸城の構造は太田道灌が作っただけあって基本は他の扇谷上杉の城と似ている。ある程度は上手く立ち回れる筈だ。
「よし、我らも動く。兵は集まったか?」
小姓「全て馬出し周辺にて待機しております」
「では急ぎ出立とする!」
上杉朝定は兵を率い、河越を発つ。向かうは北、上野国新田金山城だ。
河越から60km近い、長い道のりだ。強行軍をしなければ3日はかかる。しかし強行軍など行えば決戦で不利になるのは見えている。そこを回避する為に、江戸城の兵や萩野谷隊の兵、小荷駄に迫撃砲などを挙兵させずにこっそり松山城へ向かわせた。松山城からなら30km、頑張れば1日で金山城に到着する。
立てているスケジュールで言えば、今日中に
上手くいけば敵はガラ空きの背後を1日で60km移動して取られたように誤認するだろう。混乱や動揺は、大軍ですらも容易に弱体化させる。悪くない戦術だ。
比較的小勢なためか、或いは小荷駄隊など輸送部隊を伴っていないからか、行軍速度は速い。昼頃には松山城に到着していた。
「一旦休憩とする。甲冑を着て
足利義勝「うへーーっ。疲れたぁ…」
「気持ちは分かるけども、さっきまで馬に乗っていただろ…」
義勝「いや、輿に乗りたい」
「先を急いでいる時に輿に乗れる訳無いだろ……」
松山城で休息を取ったと思えば、すぐに忍城に向かう。
荒川を渡河し、沼地を越え、忍城にて成田長泰率いる成田勢と合流する。河越から着いてきた兵はここで一晩休むこととなるが、私含む将はそのまま北に進む。
聖天山に到着する頃には夕暮れ時になった。1日で50kmの行軍だ、馬に乗っていたとは言え流石にきつい。脱落した者も多少おり、合流する手筈の隊もまだ集まっていない。今ここにいる兵は僅か3000程だ。この数がたった
「山内上杉軍は今何処にいる?」
小姓「はっ、本隊はおそらく金山城を過ぎた辺りかと。横瀬成繁に長野勢、総社長尾勢は既に足利に到着しており、上杉憲政とその他の隊を待っているものと思われまする」
「では、明日は急がずとも良いな。
金山城が手薄な刻に攻めねば上手くいかぬ。山内上杉軍が通り過ぎるのを待ち、ここで戦勝祈願でもしてから昼頃に金山城に着けばよかろう」
一晩経ち、日が昇る。金山城周辺が手薄になるのを見計らって、聖天山で戦勝祈願を行ってから向かう。
利根川の上流を渡河し、いよいよ金山城が見えて来た。金山城さえ落とせば後は一里東に足利の地がある。
「城にいる敵勢はいかほどか」
伝令「500ほどかと。足利と程近い故、油断していると思われまする」
「では十分落とせるな。者共、陣を敷き金山城を包囲せよ」
渋川義基「御屋形様、この渋川右兵衛が只今参り申したぞ」
「おお!!
国府台から出発して1日でここまで来るとは、随分急いだな」
渋川義基「利根川を舟で遡って来たので、急がずとも迅速に行軍出来まする」
「左様か、水軍を強化していた甲斐あったな。
…では、渋川も城攻めに加われ」
加勢を受け、兵6000で金山城を包囲する。城兵500人では幾ら難攻不落の城でも防ぎきれない。横瀬成繁はここが襲われるとは想像だにしていなかったのだろう。無理も無い、セオリー通りなら勧農城の救援に直行するのが自然な考えだ。
総攻めの号令を掛けようとしたとき、突如城門が開いた。鎧すらも着ず、たった十数人でありこちらを崩す為の出撃とはとても思えない。若武者が先頭に立ち、堂々とこちらに向かって来ている。
???「そなたらの大将はいずこなりや!?」
足利義勝「ほぉー、見よあの若武者、いい度胸よな。ほれ、参るぞ」
「いやいや…罠かもしれぬだろう。陣まで呼び、身分と目的を明かさせよ」
義勝「真に慎重なヤツよな…。おい、ここに通せ」
「あっ、刀は預けさせるのだぞ」
旗本「はっ」
若武者が本陣に入る。恭しく入るのが普通だが、刀を預けさせても相も変わらず偉そうにしている。
「さて、お主は金山城の城代か?」
???「左様だが…何故にそこもとらから名乗らぬ」
「はぁ…高慢だな。私は上杉修理大夫朝定、そこにおるのは河越御所足利相模守義勝殿。これで良いか」
???「なっ…。まさか6000程しか率いていない大将がそこまでの方だとは」
「兵数で将を量るな。大名だろうと公方だろうと公卿だろうと
岩松守純「む…確かにそうでしょうが…。知らぬこととはいえ失礼致しました。
某は岩松兵庫頭氏純の子、岩松治部大輔守純にございまする」
足利義勝「かの岩松か!!
尊大な態度も頷けるな。吾の方がずっと、ずーっと偉いが」
家柄バトルは置いておいて…。
岩松氏は、足利の同族新田氏の支流であり、宗家が滅亡してからは新田氏の後継と認められた由緒ある一族だ。しかしまあ、今では家臣の横瀬氏に実権を握られ、下剋上を許してしまっている。
「なるほど、つまり父君は横瀬と共に足利に向け出陣し、代わりの城将としてここを任された、と」
岩松守純「その通りにて」
「……降伏交渉の為に出てきたのか?」
岩松守純「いえ、家格の低いものが攻めてきたのならば横瀬を追い出して金山城を我が物にしようかと」
「…甘いわ。身分が高かろうが実力が無ければ潰されるのみ。
まあどうでも良い、それでお主は降伏するのか?」
岩松守純「はっ、喜んで開城致しましょう。父は既に意気消沈し、岩松再興は成せぬでしょうが、しかし貴殿らに合力すれば……ここは横瀬に敵対する一択しかないですからな」
「兵500程で合力と言われてもな…。まあ降伏するなら良い。
お主を縛り首にする気もその必要も無い、身の安全を保証する故我らの傘下となれ。働き次第で岩松の再興も成ろう」
岩松守純「ははっ」
義勝「良かったな、岩松よ。これで横瀬など容易に追い払えるぞ」
「そういうのは戦に勝ってからにせよ。
皆に伝えよ、金山城に詰め、全軍の集結を待つ。敵はすぐに勘づくであろう、急ぎ守りを固め、敵襲に備えさせるように。将は金山城の本丸に集まれ」
直ちに包囲を解き、金山城に登る。悪くない眺めだ。
金山は独立峰になっており、周辺が一望出来る良い立地だ。山城であることも相まって、それなりの兵数と優秀な武将がいればかなり堅牢な防御力を発揮出来るだろう。史実でここを拠点とした由良が独立勢力として動くのも頷ける。
本丸に着いた。標高は200m程はあろうか、甲冑を着ながらの登山はそれなりに苦労するものだ。本丸集合なんて言うんじゃ無かった…。
「ふー、汗だくだ、こんな城を力攻めしなくて正解だな。
で、情報は集まっておるか」
渋川義基「はっ、太田信濃守と三戸駿河守の隊は後一日二日で到着するかと」
小姓「萩野谷殿もじきに到着致します」
成田長泰「藤田勢も今日中に到着するかと」
「ふむ、その分なら明日明後日には決戦に持ち込めそうだ」
これで本隊、渋川隊、太田隊、三戸隊、成田隊、藤田隊が集結して戦える。おそらく2万近い軍勢になる、十分な兵数だ。
伝令「勅使河原殿より伝令、宇都宮勢が足利に到着し、横瀬成繁隊及び山内上杉軍が金山城陥落の報を受け、奪還を主張しているとのこと」
「はっ、奴ら、ものの見事に術中にかかったな。これで奴らは時間稼ぎなど出来まい。諸将に伝達せよ、急ぎ集結し、決戦に備えるようにとな」
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