第8話 江戸城攻略・新兵器投入 天文15(1546)年3月18日
年が変わり、冬は終わって春分間近の時節。夜も明けない早朝、河越には兵が5000ほど集まっていた。
足利義勝「急に戦支度をせよと言ったかと思えば…もう出陣か?」
「左様。江戸城を攻めに行くぞ」
義勝「いや、本当に5000で良いのか?これで江戸城が落とせるとは思えぬが…」
「…むしろ多過ぎる位だ。舟で行軍の用意をしたとはいえ、これでは時間がかかる。
だが心配無用、たとえ1000でも江戸城は落とせる…コレさえあれば、な」
──話は先月に遡る。
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萩野谷全隆「御屋形様、いよいよ実戦投入出来そうでさぁ!」
「うむ。もう一つの新兵器の準備も成ったか。開発のみならず、兵の調練も済ませたな?」
萩野谷「へい。これだけ動ければ城攻めに限らず野戦でも使えるはずでさぁ」
「…では、来月に戦を始めるとしよう。江戸城さえ落とせばこちらのものだ」
萩野谷「へぇ、弾はたんまり用意させませぇ」
「頼んだぞ。扇谷上杉の新たな門出となるのだからな」
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──時は満ちた。河越城の門前に集結させた兵5000の前に出、言を発する。
「皆、戦支度の命も急なものだったと言うのによくぞ集まってくれた。
我らはこれより江戸城に向かう!いよいよ、扇谷上杉の手に江戸城を取り戻す時ぞ!
出陣じゃ!」
「「応!!」」
河越城を発ち、江戸城に直行する。距離にして40km、舟による輸送と合わせ大急ぎの強行軍で進む。同じ武蔵国でも、結構な時間がかかる。
小姓「御屋形様の仰られるように、今日は晴れそうです」
「お主も空を見れば分かるようになる。それに、現地の百姓共にも聞いて情報は集めた」
足利義勝「……さて、吾は江戸城に着くまで舟か馬の上で寝るとするかな」
「待て。まだ寝るな。戦の前に図太さを見せるのはいいが、今のうちに話を聞いておけ。
萩野谷には伝えたが此度は江戸城を落とすまで軍議はせぬ。かつての関戸城攻めと同じ、一日で落とすぞ」
義勝「なっ…。本気か?こちらは敵と対して変わらぬ兵数なのだぞ?」
「そうだ。北条が援軍を送ってくる前に城の守りを崩す。そのために奇襲をする。
だが、大道寺盛昌ほどの将が江戸城のような堅城に籠もれば奇襲で簡単に落ちることはあるまい。それ故、待っておったのだ」
義勝「この武器が出来上がるまで、か」
「左様。江戸城に着き次第、江戸城周辺を包囲せよ。蕨城、志村城、石浜城にも使いを出せ」
義勝「まさか、河越の者共以外には…」
「全く伝えておらぬ。北条に勘付かれぬようにするためよ。
諸将が兵を集めれば警戒しようが……河越の兵のみを動員してもそこまで気には留めぬだろう。もとより奇襲は警戒しておるだろうし、逆手にとってやろう。奇襲を多用する氏康ならばこそ、自ずと奇襲の防衛に重点を置くはず」
義勝「つまり、奇策と見せかけて…逆に真正面から打ち破るということだな?」
「その通り。江戸城が落ち次第すぐに南へ向かい、品川湊を占拠した後に世田谷城、蒔田城を攻める。これで東武蔵より北条を追い出すという訳よ」
5、6時間ほど経ち、昼前に江戸城に到着した。城内には既に兵が集まっているようで、旗指が多く靡いている。
当代の江戸城は台地の上にあり、北から三の丸、二の丸、本丸と一直線に並ぶシンプルな構造に、北東に外郭を持って平川も自然の堀としている。太田道灌が普請したこの城は徳川時代と比較すれば流石に小さいが、地形を利用した良い城だ。この時代ならば十分な堅牢さである。
平川を挟んで矢の届きにくい位置に布陣をさせると同時に、萩野谷に攻撃を命じる。
「萩野谷、準備は良いか!?」
萩野谷「へぇ!!」
「では、三の丸めがけ砲撃を始めよ!!」
萩野谷「火をつけよ!」
大地を揺らし、乾いた破裂音が響く。木の板で出来た城壁に着弾し、轟音と共に弾けた。
──そう、新たな兵器、大砲である。硝石の大量生産で、大量に火薬を消費する砲撃を可能としたのだ。
但し、ただの大砲ではない。現代で言う迫撃砲に近しい兵器だ。見た目は1m程の流さの鉄の筒でしかないが…この兵器の利点は携行性と連射性、量産性だ。
砲身は鉄で出来ているものの薄く、一人でも持ち運べるほど軽い。これならば運用も小回りが利く。
発射方法は単純、砲弾と発射薬に火を着け砲身に《滑り落とし》、撃ち出す。反動は地面に吸収させ、狙い直す必要もない。
火砲といえど要は鉄の筒と支持する棒、量産するのに時間も金もかからない。
砲弾は榴弾になっており、着弾した後金属片を撒き散らし炸裂する。
製造も技術的に難しいかと問われればそこまでではない。砲も砲弾も発射薬も、打ち上げ花火と同じ要領だ。江戸時代に出来るものなら技術的に可能という訳である。
この時代で扱う大砲だと重く、装填に時間がかかり、扱いにくい。多少無理して高性能にしてみたとて、ハイスペックな兵器を量産することは出来ない。コスパと取り回し重視の判断だ。
そんな迫撃砲だが、もちろんデメリットもある。精密に狙えないし、飛距離もない。連射性の高さ故、弾薬の補給も要となる。
ただ、ここは戦国時代だ。射程の問題も200mも飛べば十分であり、当たらないのならば当たるまで撃てばいいだけだ。近現代程の長期戦による兵站の必要性もない。後は気合で砲弾を量産させ、小荷駄隊を拡充する。
昔の大砲は再装填に何時間もかかるものもあるが、これは最短20秒で装填して撃てる。下手な鉄砲も数打ちゃ当たるのだ。…発射で出る煙は凄まじいが。
「角度を変えよ!少し上を狙え!」
そして、迫撃砲は曲射弾道である。塀も土塁も石垣も越えて城内を直接爆破出来る。尤も、石垣を持つ城はまだ関東に無い。
再度砲弾が発射され、あらぬ方向に飛んでいった。別に構わない、どんどん次を撃てばいい。
「他の迫撃砲も撃たせよ!」
萩野谷「急ぎ展開せい!」
あっという間に迫撃砲が展開されていく。今回持ってきたのはたった10門のみだが、毎分2発のペースで撃たせれば10分で200発だ。狙いを変えなければもっと撃てる。
息つく暇もなく大量の次弾が飛んでいく。二の丸方面にも飛んでいったが、気にする必要はない。とにかく、撃って撃って撃ちまくるのが今回の戦法だ。
「よし、そこまで!今度は外郭を狙え!」
照準し直す為少し間を置いて、再び砲撃が始まった。砲弾が着弾し、爆発音が再び耳をつんざく。
江戸城内がパニックになっていることは想像に難くないが、これも城攻め。手加減はしない。褐色の煙まみれになりながらも、砲撃を続けさせる。
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江戸城の守りを任された大道寺盛昌は扇谷上杉の軍勢を察知し、防戦の為兵を配置に就かせた。
だが、敵の兵数は僅か5000余りしかいないという。江戸城を攻めるには心許ない数である。今後増援を呼んでから城を攻めると考え、外郭から三の丸に物資を移動させつつ、兵を外郭に集めさせようとしていた。
刹那、雷のような音が轟く。扇谷上杉軍が攻めてきたと考え、本丸にて防戦の指揮を取ろうとした。
だが、三の丸と二の丸の大部分の塀に柵、そして多くの兵士達がバラバラに吹き飛ばされているのを見て愕然としていた。
大道寺盛昌「な…なんだ、これは…」
大道寺重興「……ち、父上、連中、見たこともない物を…大量に放って来ております…」
盛昌「これでは…城は保たん。重興、舟で小田原まで落ち延び援軍を求めよ」
重興「し、しかし! 我ら大道寺程の重臣が戦で槍も合わせずに逃げるのは…」
盛昌「阿呆!! これは戦でさえ無いわ!!」
盛昌は外郭に向け扇子を指す。今も尚、砲撃が続いている。
盛昌「このままでは江戸城の者は皆殺し。もはや、打つ手立てなど無いわ…」
重興「父上…無念にございまする…」
盛昌「はよう行け。儂の代わりに御屋形様に仕え、いつか、必ずや武蔵を奪還するのだぞ!」
重興「……父上…承知、仕り申した…っ」
大道寺重興は本丸から日比谷入江の小舟に乗って、相模に落ち延びていった。
盛昌「弓の腕の立つものはおるか。敵陣に矢文を届けよ」
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暫くして、城内から矢文が届いたと伝えられた。どうせ降伏したいとでも書いてあるのだろう。
ここまで徹底的に砲撃されればさもありなんだ。もし被害がそこまででなくても、砲撃の音だけで恐怖心は凄まじいものである。音もなく飛んでくる矢より爆轟を伴う砲撃の方が精神攻撃としても有効だ。
「砲撃を止めよ!!」
文を開くと、やはり降伏の旨が書かれてあった。条件は城から退去させることか。
「こちらも矢文を届ける。城将大道寺盛昌を引き渡すように伝えよ。四半刻待ち、出てこないのならば砲撃を再開し、突入するとも伝えよ」
祐筆「はっ」
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伝令「矢文が届き申した」
大道寺盛昌「ふむ…やはり、儂は助からんな。よかろう、すぐに向かうとしよう…。
皆、不甲斐ない城将ですまぬな」
城兵「いえ…大道寺様程の忠臣、関東広しといえどそうはおりますまい」
盛昌「ふっ…世辞は良い。後は扇谷上杉に降るなり、逃げて北条と共に戦うなり好きにせよ」
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暫く待っていると、門が開いた。壮年の武士が一人出てくる。大道寺盛昌のようだ。
「…お主が、大道寺駿河守盛昌だな?」
大道寺盛昌「いかにも」
「我が軍門に降り、扇谷上杉家に仕えるつもりは?」
盛昌「有り難い申し出なれど、お断り致す」
足利義勝「左様か。これこそは忠臣だな。見事なり」
「…では、致し方あるまい。…死罪とする」
義勝「おい待て。これほどの武将を死なすのは…」
「いや、解放せず北条の力を削ぐ方が良い。
後に宴を行い、辞世でも詠んだその後自害してもらう。それで良いな?」
義勝「…うむ…」
伝令「御屋形様、大急ぎで上田能登守殿が出陣され、じきに到着するとの由!」
「では上田と共に江戸城を接収するぞ。さっさと終わらせ次に向かおう。相模守殿は先に品川湊を制圧してくれ」
義勝「よかろう。品川で待っておるぞ」
江戸城に入ると、悲惨な光景が目に入ってきた。白兵戦での殺し合いとは異なり、あまりにも無残な死体が数多くあった。分かっていたこととはいえ、武器の進歩は悲劇を生む。
この時代で迫撃砲を多用すれば、多くの戦果を得ると同時に敵の反感を買う恐れもある。火攻めや兵糧攻めと並んで、残酷な兵器ということを念頭に置いて運用しなければなるまい。
投降した城兵達は、素直に指示に従っていた。北条の軍規の賜物か、はたまた砲撃の恐ろしさが効いたか…。
上田朝直「御屋形様、これは…」
「内緒にしておってすまんな。新たな兵器を使ったのだ」
上田「…何はともあれ、江戸城の奪還は我らの悲願。目出度いことではありまする」
「うむ、こちらの兵は一人も失わずに済んだ。まあ、江戸城は本丸以外、酷い有様だが…。むしろ新しく造り直せると考えよう。
後の接収は任せる。死体や砲撃で壊れたものは完全に撤去しておくように。
大道寺盛昌のことも任せる。宴の後自害させよ。丁重に扱い、死んだ後北条に届けるように。
今から私の本隊は南に向かい、世田谷と蒔田を攻める。後は頼んだぞ」
上田「はっ。承知仕りました」
江戸城を出立し、そのまま品川湊に向かって足利義勝と合流した。品川湊の占領はすぐに終わったようだ。北条の水軍も既に撤退している。
このまま出立…と、行きたいところなのだが今から世田谷まで行くと真夜中になってしまう。大人しく陣を張らせ、野営の支度をさせる。
義勝「夜明け前に出陣したというのにもう夕方だな」
「致し方あるまい、江戸から品川までもそこそこある。世田谷城、蒔田城攻めは明日だな」
義勝「では、今宵は品川で営するとしよう。
…しかし、鮮やかな城攻めであったな」
「いやいや、迫撃砲で無理矢理降伏させただけであろう。真に鮮やかな城攻めとは、戦わずして奪うこと。理想を言えば城を占領する以上味方だけでなく敵の損害も最小が良い。
それに、まだ戦は終わっておらん」
義勝「ま、それもそうだが…。
そんなことより、ほれ、初鰹が献上されておるぞ。これは縁起が良いな、
「おおっ、これは…ここの漁師から貰ったのか。旬より少し早いが美味そうだな…。鰹は鮮度が命、こうしてはおれぬ、悪くなる前に食べねば」
皮付きの刺身にして、河越で作らせた醤油と
皮を落として生姜やにんにく、わさびで食べるのは後の時代の食べ方だ。…薬味を芥子しか持ち合わせていないとも言う。
…初鰹らしく、脂こそ乗っていないがさっぱりとした味わいだ。鰹の旨味をよく感じられる。芥子で臭みも気にならず、幾らでも食べれる。赤身が美味いな…。
義勝「良い肴だな…折角の江戸城を奪った祝いじゃ、酒でも飲むか」
「それはならん。明日も夜明け前から動くぞ」
義勝「あな悲し、つまらぬな」
「はぁ…ならぬものはならん!
酒癖も悪いのに飲むな、せめて戦が終わってからにせよ!」
明日も電撃戦だ。夜中の行軍を避けるなら朝早くから動くしかない。
まだ日没前だが、早く兵達を休ませるようにも伝える。幾ら迫撃砲があっても、体力と士気が無ければ戦にならない。
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小田原城内にて、大道寺重興が北条氏康に謁見していた。もちろん江戸城と扇谷上杉についてである。
北条氏康「…江戸城が落ちたは真か」
大道寺重興「はっ…おそらくは…。面目次第もございませぬ」
氏康「クソがっ…。まさか1日も保たぬとは…。何故に防げなかった」
大道寺「それが、まるで見たこともない武器を使ってきたのでござる。
炸裂する金属の弾が少なくとも2、3
氏康「それは…信じ難いが、風魔出羽守が申しておった扇谷が開発していた新たな武器だな。すぐに戦に出してこようとは…。
情報を伝えたこと、大儀。大道寺盛昌の働き、忘れはせぬぞ。
…しかし、一応綱成にも出陣してこれ以上の侵攻を防ぐよう伝えはするが、江戸城を取り返すは難しいだろうな」
北条氏尭「兄上、幻庵叔父上がいない今、真正面から戦い、城攻めを行うは難しいのでは…」
氏康「あと少し…あと少しあれば扇谷上杉を潰せる。それまでの辛抱なのだ…。幻庵叔父上があと少しでやってくれる筈。
取り敢えずは、北条綱成を後詰として小机城に入れ、枡形城と蒔田城を守らせる。世田谷城は…致し方ないか、蒔田城の吉良殿を守る方が肝要。最悪蒔田も放棄して撤退させよ」
大道寺「しかし、上杉勢は江戸城を1日で落としたのでござる。どうにかせねば、相模まで危ういかと…」
氏康「まずもって、奴らの情報を集めねば勝てぬ。敢えて城を一つ一つ守らせ、情報を…弱点を抑えるぞ。
基本的には守勢で良いが、機が来れば…一気に動くこととする。
それまでは無闇に仕掛けぬよう綱成に伝えよ」
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