第7話 京都初訪問 同年9月2日
季節は秋、現代の関東では見られないほど空が高くなる頃…、上杉朝定は河越を留守にして、京の都に向かっていた。朝廷への献金をしに行くのである。
理由は三つ。
一つは関東での戦が落ち着いたこと。北武蔵の統治は安定してきたが、北条との冷戦状態は未だ動きを見せない。こっそりとバレないように京に行けば問題ないとの判断だ。
もう一つは、アピールの為である。山科言継に使いを出し、扇谷上杉当主自らが挨拶しに行くというところだ。これで近衛─足利態勢を牽制できる。
最後の一つはお金だ。市場を活性化させ税収は増えている。それに江戸城の攻囲に時間をかけなかった為、金の余裕は多少ある。
もちろんこのタイミングなのにも理由がある。
伊勢神宮の
甲斐を通じて駿河に入り、東海道を経て京に至る…、現代では東京から京都など1日もかからずに往復出来るというのに、この時代だとあまりにも遠い。供回り十数人程度で急ぎで移動しても十日はかかってしまった。
…河越は千佳と義勝、それに萩野谷に任せているとはいえ、往復で二十日ほど空けるのも不安だ。
ともあれ、京の都に到着した。まず山科邸に向かう。
アポを取ったとはいえ、急な訪問だ。門前払いとまではいかずとも待たされるかも知れない…と、思っていたがあっさり迎えられた。
「お初にお目にかかり申す、扇谷上杉当主、朝定にござる。貴殿が山科内蔵頭言継卿ですな?」
山科言継「ええ。よく参られました。朝廷への忠勤は良い心掛けですが、門の前でのんびりしていると野盗に襲われますよ」
「はは、田舎者故野盗なんぞ警戒しておりませなんだ。しかし私も武家のはしくれ、不埒者は切り捨てる用意がござる。
…して、朝廷に…帝に献金の話は通して頂けるのでありましょうや?」
言継「ありがたい話ではありますがいきなりは厳しいでしょう。そもそも正式な官位もお持ちでない、しかし献金で官位を与えるのは帝は嫌がります」
当代の
「官位などいりませぬ…といっても公家の皆様がお困りでしょうな。我が父朝興の修理大夫を頂ければよいかと。最悪、朝廷の官職ではありませぬが関東管領としての献金でも問題はないかと」
言継「まあ、その方向で進めましょうか。私の方から叙位任官を推挙すればおそらく通るでしょう。
そもそも献金は朝廷としては嬉しい話、蔵人所も潤うならば大歓迎ですよ。
それで…献金の額は?」
「一万
……城の蔵からありったけ持って参ったのですぞ」
…ごめんなさい、真っ赤な嘘です。本当はあと五千疋はあります。まあ、新兵器の開発や量産にも金がかかる上、そもそも金山も無く湊の数も飛び抜けてはいない。大名としては、金銭面で余裕がある訳ではないのだ。
言継「ほお…大きい額ですな。山科家も衰えが見えている、援助は助かります。では、私から話を通しておきましょう」
「お頼み申しまする」
言継「ときに…近頃近衛家が怪しい動きを見せているようです。西国のみならず東国にも影響をもたらしていると聞きます。朝廷の人間としては変事は避けたいのですが…」
「朝廷は直接動かせずとも、近衛家は室町殿と関係が深い故、武家を…幕府を簡単に動かせるでしょうな。特に狙われ危ういのは九条派の公家を多く受け入れている大内家でしょうが…東国ですか。気には留め置くことにしまする」
山科言継に面会し、献金と叙位任官の手続きを任せることに成功した。山科邸を出ようとすると客人…商人のような者とすれ違った。
?「あんさん、見たことのない顔やが…、わてより先に山科様に謁見するとは、さぞ良いご身分なんでっしゃろなぁ〜」
うーん。京都人にしても性格の悪そうな輩だ。
「はて…私は未だ無位無官の田舎武者に過ぎませぬが。そも、朝廷に微力を捧げに来たまでのこと」
?「は〜ん。こないな馬の骨にも頼らねばなりませんたぁ、山科様も心苦しいでっしゃろ」
言継「無礼ですぞ! 今村殿とて、もとは百姓頭でしょうに。それにその方は…」
「良いのでござる。京の都にもこのような者はおりましょう」
今村慶満「…田舎侍が、わての後ろには
言継「もうおやめなされ。今村殿、黙れぬならば追い出しますよ。京と山科を繋ぐ渋谷越が無ければ金も入らぬでしょう」
なるほど、細川国慶の配下か。ならば細川晴元派では無く氏綱派だな。まあ、細川の内乱などに関わるつもりもないが…。
「今村殿と申されたか。たしか細川玄蕃頭国慶殿といえば京を狙っている氏綱派のはず。京を手に入れたいのであれば、強気な態度だけでは反発を招くだけですぞ」
今村「む…」
「では、これにて御免。山科卿、またご入用でしたら何なりとお申し付けあれ」
言継「ええ、こちらこそ何卒よしなに。道中お気をつけて」
山科邸を出て、再び帰路につく。
京の洛中や洛外は荒廃したとはいえ、多くの人々が集まっており、関東とは比べ物にならない。史実で江戸が日本一の都市になったのも江戸時代になってからかなり時間がかかったのだ、日本の歴史が西高東低というのも頷ける。
畿内は、その豊かさ故に戦が絶えない。もし畿内に転生でもしていたら、勢力拡大はおろか維持もおぼつかない魔境だったろうな…。上杉朝定は、そんなことを考えていた。
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