第14話 飢饉 天文9(1540)年8月29日
大雨・洪水被害を受けてから更に一年経ち、やはりと言うべきか事態は悪化していた。3月に再び大雨が降り、飢饉が決定的となったのだ。
領内では利根川流域で再び洪水が起こった。明らかに土嚢でどうにかなる規模ではない。もう利根川は東遷するまで手に負えないというのは痛いほど分かった。
荒川に関しては、荒川の西遷は入間川の支流に接続して部分的に成功しており、利根川のような被害は起こらなかった。但し、やはり下流での被害があるようだ。将来的に北条から江戸城を奪って本拠としたいが、そこでも水害対策も考えなければならなそうだ。
そして、いよいよ疫病が流行りだした。河越周辺ではほぼ無いが地域によっては大流行しているらしい。商人の立ち入りを一部制限しているが効果があるかはよくわからない。
米の価格も周辺の市場につられて急上昇している。高台に移動させた蔵から余った米を売って利益を得ることが出来たことは唯一良かったことだ…。尤も、売り過ぎて食料不足になっては本末転倒だ。軽い同盟状態の甲斐や駿河に多少融通する程度だ。
食料事情に余裕があり、周辺諸大名も飢饉で戦どころでは無い。飢饉とは思えない状況だが、前世の記憶がなければと考えるとゾッとする…。
関東や畿内をはじめ、飢饉で混乱が生じている。想像していた程の惨状は避けられたが、復興と内政に注力したい。あと数年は戦は無しだな。史実でも大規模な戦が暫く無かったあたり、どの大名もそういう考えなのだろう。
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8月の終わりに太原雪斎が再び訪れた。内容は足利義勝への今川の姫の娘の輿入れと、米の融通についてだろう。本丸大広間に通させる。足利義勝も呼び、同席させた。
義勝「この飢饉の時に駿河より参るとは、ご苦労だな。よう参られた」
「お久しゅう御座る、雪斎殿」
雪斎「お久しぶりでございます。…関東管領様は大きくなられましたなぁ、一昨年と比べ、見違えるようです。
ところで、此度お目通り願ったのは…河越御所様と今川の娘の婚儀についてです」
まあ、そうでしょうね。
雪斎「申し訳ないのですが…輿入れを延期をお許し頂きたい…この飢饉の中、婚姻を進められるほど余力がありません。暫しお待ち頂きたいのです」
義勝「えっ」
『えっ』じゃないよ『えっ』じゃ…、どこの大名も大変なんだから…。
義勝「どうにかならんのか?」
「飢饉で今川殿も苦労は絶えんのだ。我慢なされよ。
…では、輿入れは待つこととしよう。3年は必要か?」
雪斎「そうでしょうね…。戦を起こす余力となれば、5年は必要でしょう」
「北条を武蔵から追い出すのに時間がかかるのは口惜しいが…致し方あるまい。今川殿もすぐさま富士川以東を取り返したいであろうが…」
雪斎「ええ、主義元も北条に戦を仕掛ける時を待っています…。
──ときに、西国では尼子と大内傘下の毛利が大戦を始めるとか」
「ああ、西国は飢饉の影響が少なかったのだろうが…全く羨ましい限りだ」
噂で尼子が大軍を率い、安芸に侵攻したと聞いた。
…おそらく、吉田郡山城の戦いが始まるのだろう。歴史通りなら毛利と大内に尼子の大軍が敗北する。毛利元就はこの時すでに何度も寡兵で大軍に勝利を重ねている。本当に毛利元就は人間離れした強さだな…。
雪斎「それと…申し上げにくいのですが…米をもう少し売って頂きたいのです。値下げして頂くとよりありがたいのですが…」
「…たしか、今川領には富士金山や安倍金山があったなぁ…」
雪斎「む…なんとかなりませんか」
「…まあ、少しの値下げなら良い。こちらもこれから数多く今川殿の力を借りたい故…」
雪斎「ありがとうございます…これからも、何卒よしなに…」
「代わりと言ってはなんだが…今川仮名目録の内容を教えて頂くことと…山科内蔵頭様に、関東管領を任じる
雪斎「はっ、それは構いません。が、しかし…山内上杉が黙っていないのでは?」
「まあな、だが…山内上杉が関東管領を名乗っても関東は安定しないだろう。いずれ、雌雄を決せねばなるまい」
雪斎「では、伝えておきます」
「せっかくだ、使いの者に米俵を運ばせよう。餞別として持っていくとよい」
雪斎「ご配慮、痛み入ります」
雪斎は一礼し、広間から退出した。今川義元はこれより海道一の弓取りと評されることとなる名将だ。恩を売っておくとしよう。
義勝「…今川もそんなに大変なのかぁ…」
「全国の大名はどこもかしこも大変であろう…東北では伊達が越後上杉への養子問題で揉めている。
関東や畿内は地域によっては飢饉で大打撃を受けているし、西国はまた大戦。
この乱世に平和な地などなかろう…はよう飢饉が落ち着いて関東に静謐が訪れるとよいな」
義勝「全くもってその通りよ…
ん?この飢饉で混乱している間に北条を攻めればよいのではないか?」
「いやいや…民達が困窮しているところに攻め込めば反感を買うことは必須、北条の善政に合わせてやらねば安定した統治は出来ぬ。鎌倉に入るのはまだずっと先になりそうだな」
義勝「そんなぁ…」
──だが、飢饉が終わればまた戦乱の時代となる。まだ武蔵一国はおろか江戸城さえ奪えていないのだ、これからも厳しい戦いが待ち受けていることだろう。
それに史実通りならば来年には武田信虎が追放され、北条氏綱が死ぬはずだ。世代が変わればまた情勢は揺れる。内政を進め、戦に備えるとしよう。
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