第10話 和睦 同年2月14日
いよいよ和睦交渉の時が来た。朝、蕨城と志村城の間の鎮守氷川神社にて上杉方は私と足利義勝、北条方は北条氏康と北条幻庵が交渉に当たる。とはいえ、家格が上のため足利義勝が上座だ。
結局、朝廷のゴリ押しが間に合わず将軍足利義晴と共同で和睦を斡旋してきた。
ここが畿内なら管領細川家の内紛や寺社も絡んで来たであろうことを考えると、案外関東情勢はマシなのかもしれない。
足利義勝「こちらが朝廷の書状、こちらが室町殿の書状である。これらの書状通り、和睦の為互いに起請文を書く。これでよいか?」
北条氏康「構わん」
当初北条は石浜城の返還と深大寺城の譲渡を求めていたが、流石にそんな条件は通らない。むしろ関戸城と志村城をこちらに明け渡して欲しい位だ。
結局、大人しく石浜城は扇谷上杉、江戸城と志村城は北条で落ち着いた。
北条は道理を破る真似は出来まい。今年さえ乗り越えれば、飢饉の間は攻められない。北条を相手取らなくて済むだけでかなり助かる。
「起請文は書けた。この通りでよいな?」
北条幻庵「良いでしょう…では、お互いに撤兵するとしましょう」
和睦交渉はすんなり終わった。
お互いに厭戦気分は避けられない、こうなるのも自然な流れだ。
そのまま互いに撤兵、解隊し、帰路に着いた。やっと河越城に帰れる……。
なんだかんだ言って、5時間以上かけて河越城に到着した。もう昼過ぎだ。馬に乗って走ればもっと速いだろうが、慌てて帰るほどの元気も出ない。
ただでさえ長陣の疲労に加え、皆徒歩での移動で疲れ切っている。かくいう私も馬に乗っているのに疲れた。リクライニングシートが欲しい…。
兵達を解散させ、小姓らと共に河越城に入る。すぐに出迎えがあった。
千佳「…五郎殿!!お待ちしておりました!!…もう、ずーーっと、すっっごく待ってたんですよ!?」
「あはは…長陣になってしまいすいません。もうへとへとですよ」
千佳「…お疲れ様でした。ご無事で何よりです」
まあ、直接の戦闘は少なかったのだが、心配だったのだろう。
「もう、昼餉でも食べてさっさと休もう…」
千佳「はい!これをどうぞ!!」
…手渡されたのは黄色い棒だった。粉がついているらしい。口に運ぶと──甘い。
「甘っ…なんですこれは?」
千佳「きな粉を水飴で練ったものです。小弓では水飴がなかなか手に入りませんでしたから、使ってみたんです」
そうか、甘いものは滅多に口にしないからな…。この時代はまだ白砂糖はおろか和三盆、黒糖はまだない。蒸留酒が無いためみりんすらもない。金平糖が伝わるのはあと10年程後だ。甘い物といえば蜂蜜と水飴しかない。その蜂蜜も薬扱いだ。
「きな粉棒ですか。いい菓子ですね──立ったままもなんですし、本丸屋敷に行きましょうか」
本丸屋敷に行き、軽く蒸した布で体を拭き、昼餉を食べる。疲れすぎてお腹も空かない。
千佳「五郎殿、やっぱりお疲れのようです…」
「まあ、流石に疲れました。ひと休みしたら、水飴でお菓子でも、作って差し上げますから…ふわぁぁ〜っ、ちょっとお昼寝してきます」
千佳「まぁ!…お菓子、楽しみにしておりますね!」
奥の間に向かう。すぐに意識が途切れた。
……ゆっくりと起き上がり、周囲を見渡す。あまりの眠気で記憶が無いが、気絶したように寝てしまったか。まだ夕方にはなっていないが、日が西に傾きかけている。
千佳「…起きられましたか?」
「…ああ、いらしたのですね。お恥ずかしいところを…」
千佳「あ、いえ…気にしないでください」
「では、作ってみるとしましょうか……羊羹を」
千佳「…羊羹、ですか?」
当時の羊羹は甘くなく、汁と共に食されたものだ。
そもそも、羊羹は羊の肉をスープにした煮凝りが日本に伝わって、その後精進料理として羊を使わず小麦粉や葛粉で代用したものだ。
まず、小豆をよく煮る。火が通ったらあげ、今度は水飴を加えて火にかけ、よく混ぜる。すぐに即席のあんこが出来上がる。
次に小麦粉を加え、型を用意し、はめ込む。型は枡にした。後で切れば直方体になる。
最後に蒸して固める。これで、蒸し羊羹の完成だ。
──水羊羹を作りたいところだが、寒天がまだ無いため出来ない。
「はい、
千佳「…汁のない羊羹は、初めて見ました…んっ、甘いです」
「…気に入りましたか?」
千佳「ふふっ、また食べたいです…こんなに甘いものを食べれて幸せです」
「ははっ、それはよかった」
奥の間に、穏やかな時間が流れる。リラックス出来たのは久しぶりだ。
戦国時代といえど、常に戦をしている訳ではない。戦は終わり、のどかな日常が始まる。…平和だ…。
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