第8話 次の一手 同年11月8日
北条軍と荒川を挟んで対峙を始めてから早3週間が経過した。両軍は睨み合いを続けている。
足利義勝には河越を出陣してもらい、河越公方として初の出陣をしてもらった。蕨城に入ってもらいこれで1万3000の軍勢、北条勢にも見劣りはしない。
難波田憲重に蕨城に来てもらい、今度は難波田広儀に難波田城を任せる。こちらの動きで北条を揺さぶる、地味な一手だ。
水軍を組織し品川に上陸し、江戸城への補給線を断ち兵糧攻め…と、行きたいところなのだが単純に水軍の兵数でも練度でも劣っており、制海権をもつ北条水軍を突破出来ない。夜でも江戸湾に舟を浮かべているのが松明からわかる。
北条軍も挑発を繰り返していたが、矢を放つことは許可しても渡河は一切厳禁としてある、動じることはない。
北条水軍が石浜城や葛西城の奪還の為上陸を試みることもあったが、水軍のみで落とすことも叶わず三戸義宣や上田朝直の隊を救援に向かわせて追い払う──このような流れを幾度か繰り返しお互いに隙がないことは明白となった。
このままで行けば冬を陣中で越すことになる。飢饉を見据えずとも兵糧の支出や疫病防止の観点で言うと避けたい状況なのだが撤退も出来ない。和睦も無理だろう。
では、どうすべきか。より大胆な動きをするべきか。しかし、半包囲状態のこちらがリスクを取るのもおかしな話だ。せいぜい全軍の陣を下げて敵の渡河を誘う程度だが、それすらリスクが高い。石浜城を奪還されるとそのまま決戦になる恐れがある。北条相手に直接決戦は避けたい。勝てても大損害では困る。本当にどうしたものか…。
足利義勝「フハハハ、悩んでおるようだな」
「ま、まあ…打つ手がまるで思いつかない」
義勝「では、吾の今後でも考えて気分転換せぬか?」
「今後?鎌倉に入る為の策か、鎌倉に入った後のことを?」
義勝「いやいや…違う」
「……では?」
義勝「──そろそろ、妻を娶りたいのだが」
「!?!?!?」
いきなりそれ!?って思ったけどよくよく考えればもういい年頃なのか…今の時代なら、子がいてもおかしくない。
というか、陣中にずっといて寂しくなったのか?義勝は衆道に興味はなさそうだが、戦の最中にそんな相談するとは…。
「私に伝手の心当たりはない故、左馬頭殿に頼んで公家の娘でも…」
義勝「それは嫌だ…っていうか、親父に公家との縁なんてない、親戚は大名か武将ばかりよ」
「んー…しかし、私に親戚は居ませんよ──まさか、千佳殿を?
12も離れている上、自らの伯母を娶ろうとは──」
──この時代でも8才相手はドン引きだよ…。
義勝「違うわ、少し知恵を貸して欲しいということよ」
「…むむむむむ…地味に難題…」
まず足利氏に見合う格の女性でなければなるまい。政略結婚が前提の時代、むしろ適当な女性を娶る方が…トラブルの原因にしかならない、可哀想なことになりかねない。
次に政治的に問題ない相手でなくては──今川義元は武田家より娘を娶っただけで北条と大戦になったのだ──それに、下手に私の家臣の娘を嫁がせると一、二世代後に争いの火種になりかねない。
「ちょっと年長者の知恵も借りて見ましょう…難波田の陣から難波田弾正を呼んで来てくれるか?」
小姓「承知」
難波田憲重「お呼びですかな?」
「うむ、戦とは直接関係ないのだが…足利相模守殿の婚姻をな」
憲重「ふむ…娘は既に太田資正に嫁がせておりますれば、力になることは難しいかと」
「いやいや、周辺の大名や武将で丁度よい者はいるかと思ってな」
憲重「左様ですか、で、あれば…扇谷上杉にも、山内上杉にも娘はおりませぬ、深谷上杉の娘は2人ほどおりましたがいずれもすでに嫁いでおるはず…。
真里谷武田は男子ばかり、佐竹もすでに嫁がせ、土岐も年頃の娘はおりませぬ。
子の多い甲斐武田か今川あたりが良かろうかと」
義勝「なるほどのぉ〜」
「…申し分ない相手ではあるな。どちらにしようか」
憲重「家柄から申せば、足利の御一家吉良の分家、今川の方がよろしいかと。しかし、名門武田も悪くはありませぬが…」
今川か──いつか織田信長に桶狭間でやられる今川義元の親戚か、将来的にはあまり有効ではないが…。
いや、逆転の発想だ。武田に義勝を担がれて謀略に使われても困る。武田信玄なら間違いなく利用してくるだろう、それは高リスクだ。ならば──
「うむ、今川殿に頼むとしよう、それでよろしいかな」
義勝「よかろう…これで吾も一人前よの!」
憲重「この戦が終われば、ですな」
…てか、死亡フラグっぽいなコレ。
『この戦いが終わったら、結婚するんだ』じゃん。テンプレだよ……。
今川義元宛に婚姻の斡旋の書状を書き、駿河に送らせた。ついでに北条の兵を釘付けにしている礼も付け足しておいた。
そういえば、今川義元は遠江に加えて三河まで狙っている。本拠駿府にほど近い駿河東部を北条に奪われて尚東方だけでなく西方にも目線を向けている。
…これを真似すればよいのでは?どうせ睨み合いしているのだ、兵力を抽出して別方面に侵攻すれば…そうだ、千葉を狙おう。千葉昌胤は北条幻庵の補助がない上、下総西部を完全に喪失している。士気は低く、周辺からの援軍も見込めない…。
──決めた。
すぐさま諸将を蕨城の広間まで招集する。軍議を開こう。
「よき策を思いついた。下総東部に侵攻し、千葉昌胤を潰す」
上田朝直「なっ、ここを離れれば北条は河越城まで落としに侵攻してきます!!」
「全軍を動かす訳ないだろう…ここには1万3000もの大軍が集っている、1部隊抜けても北条は動けまい」
渋川義基「御屋形様の考えで行けば、まだここに参陣させていない太田信濃守殿と新たに傘下に加わった臼井殿と共に千葉の本拠、本佐倉城を攻める…ということですな?」
「その通り、先の西武蔵では槍働きが無かった故、太田美濃守を向かわせればよかろう」
太田資正「はっ…ありがたいことなれど、兄資顕とは馬が合わず上手くいくとは思えませぬ」
「そんなしょうもないことで…
私としては太田美濃守に岩槻城を任せ、太田信濃守には北下総を任せたい。利根川や太日川を挟んで領地を統治するは難しい。
故に、お主に武功を立てて貰いたいのじゃが」
難波田憲重「儂もいつまでもお主の面倒が見れる訳ではない、ここはやるべきぞ」
太田資正「…承知致しました。では、すぐさま千葉を滅ぼしてご覧に入れましょう」
「よく言ってくれた。…が、今すぐでなくともよい」
太田資正「…左様で?」
「我等の兵も北条軍も少しづつ士気が下がってきている、千葉攻めは決め手としてとっておきたい。
敵味方互いの様子を見てだが…」
三戸義宣「では、太田信濃守殿と臼井加賀守殿に千葉攻めの準備をさせましょう、準備の整い次第動くというのは?」
「…それでもよいな。では各々、これより先も長陣になりそうだが、どうにか堪えて北条を追い返すぞ」
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