第6話 先行制圧 同年同月15日

 一晩かけ、葛西城に着いて休息をとらせる。どのみち、三戸義宣の兵が到着しないことには江戸城に圧力をかけるにも足りない。

 そもそも、江戸城には志村城や石浜城が囲むように位置しており、直接落としにかかることはできない。


「右兵衛佐、能登守よ、ここからの動きだが…氏康らはもう多摩川を渡河した可能性が高い、しかし三戸を待たずに動けると思うか?」


渋川「ふむ…北条軍の動き次第ですが、難しいでしょうな…もし江戸城へ急行されると防ぎようがありませぬ」


上田「…三戸殿はあと1日でここ葛西城に着くでしょうから、それまでは待つべきかと」


「んー……」


 欲を言えば動きたいが、今私が動かせる兵は4500程か。強引に動くことも難しいな…。



伝令「御屋形様!西武蔵の毛呂城と勝沼城、初沢城が北条に調略されたとの由!」


「…何?」


 ……なるほど、つまりは東の北条軍と西の武蔵国衆らで扇谷上杉を挟みこもうとの算段だな。流石は北条、無策で突っ込んでは来ない…が、あまりにも拙速だな。余裕が無いのはどちらも同じ…。ならばこちらも疾く動くべきか。


「今すぐ周辺諸将と連絡をとり、毛呂城と勝沼城と初沢城が寝返ったか確認せよ。勝沼と初沢は三田みただったな…山内上杉にも連絡せよ、武蔵守護代が北条に寝返ったと。

右兵衛、能登守、こうなっては致し方ない。再度いち早く敵の出鼻を挫く必要がある!三戸駿河守を待たずして石浜城を落としたい。すぐに力攻めすれば落とせるか?」


上田「む、無理でしょう…大きな城では無いとはいえ江戸城に詰める兵も後詰しておりますれば、これを陥落せしめるは大軍を擁さねばなりますまい?」


渋川「最悪落としきれずに氏康率いる北条本軍が向かってくれば殲滅されて終わりでしょう…まさか、1日で落とせとは申しますまい?」


 まぁ、そうだよな…。普通なら調略もなしには落とせまい。


「石浜城は利根川と荒川に挟まれており、葛西城からも江戸城からも向かうのに多少時間がかかる城…能登守、前々から用意させていた舟はどれほどある?」


上田「はっ、関船せきぶねが3隻、小早こはやが20程でござる…渋川殿が持ってこられた小早を加えると30になりますな」


「ふむ…それだけあれば十分だな。石浜城に詰める兵は?」


小姓「おそらく、1500ほどかと」


「分かった…では、石浜城を落とすぞ」


渋川「なっ…正気ですか?」


「至って正気よ…まず上田能登守は小早船5隻で石浜城に向かい、北条にする素振りを見せよ…こう伝えるといい、『上杉朝定の横暴に耐えかね降伏に参った…もとより北条幻庵様に誼を通じておったのだ、疑うなら確認して参れ』とな。

──疑われなくば石浜城に潜入し、我らが攻め寄せるのと同時に城内を荒らし、乗っ取れ。

──疑われたのならそのまま利根川沿いに遡って布陣し、注意を引き付けよ。

暫し待った後私は残りの船で海手から攻め寄せ、渋川は残りの兵で利根川を渡河する。

…反論のある者はおるか?」


上田「そ、某にそんな大役が務まるとは思えませぬ…」


渋川「それに、北条本軍が到着する前に兵を減らすは愚策かと、決戦になればこちらが危うい」


「それ故、今動く。今この瞬間が城兵が最も緊張しつつ、最も油断している瞬間でもある。

城兵の気持ちにもなってみよ、背後には江戸城と氏康率いる大軍、前方にはたかだか5000もない敵兵、その上内輪揉めしているとなれば…」


渋川「なるほど、そう考えれば確かに油断ができ、城攻めも容易いか…?」


「そして能登守、お主が内政に優れているとの話は北条の者の一部は知っておるだろう。

北条の兵が確認もせずにお主を殺すほど規律がなってないとは思えぬ故、逆手にとってやれ…これはお主が適任よ。

…それに、お主には特別な褒賞も考えておる。」


上田「ほ、褒賞は兎も角…御屋形様がそこまで仰るのならばお受けしましょうや」


「よし!では新たな作戦通りに動くぞ!!

伝令は常に飛ばせ!!連携さえ取れれば城は1日、いや半日で落ちる!!

ここで石浜城を落とし、江戸城に、北条に圧力をかけるぞ!!」






 ──作戦は決行された。奇襲の要となる上田朝直が真っ先に小早船で石浜城に向かい、それを渋川義基が陸路から追う。

 私は関船に乗り、暫し待ってから出港する。城兵に気付かれてはまずい、上田朝直と渡河を目論む渋川義基隊に注意を集めた瞬間に現れるのが理想だ。


 正直上手く策がまるかは五分五分だが、北条軍が駆けつけそうなら蕨城まで引こう。蕨城なら地理的に包囲されにくい上、難波田らと合流もしやすい。



 ──ゆっくりと石浜城に向かっていたところ、渋川義基より手旗信号で通信があった。上田朝直が城の西北に布陣したらしい。警戒して城には入れさせなかったか、だが…問題はない。

 渋川義基の隊が利根川を渡河し始めた瞬間を見計らって、全力で関船と小早船を漕がせる。


「よし、全力で漕げ!!疾く着けば城は落ちるぞ!!」


 ──石浜城の近くまで来た。小早船より兵が上陸し、陣を作ろうとしている。


「阿呆がァ!!陣など作らぬで良い!そのまま城に突っ込め!!」


 城門は堅く閉ざされていたが、どうにかこじ開けさせる。

 …城から飛んでくる矢の数が少ない。やはり上田朝直や渋川義基の方を警戒して兵の配置が間に合っていないな、これは好機だ。


「ここが好機ぞ!!このまま攻め入り、城を奪え!!態勢が整わぬうちに落としきれ!!」



 半刻…1時間ほど経ったか、渋川隊までも攻め寄せ、城兵に動揺が走り始めた。逃げ出す守兵までいる。  

 江戸城からの後詰もまだ気配が無い。


伝令「渋川義基殿、渡河を終え石浜城に到着した模様!」


「最も兵が多いのは渋川の隊、全力で攻めるよう伝えよ!」


 徐々に防御が崩壊していくのが城外からも分かる。私は石浜神社という古くからある神社に即席の簡易な陣を敷き、城の様子を見ているが──これなら本当に半日で落とせそうだ。



 ──3時間も経ち、昼下がりには石浜城は完全に落ちた。城に入ると同時に、江戸湾や荒川に江戸城からの援兵が向かってくるのが見える。だが、もう遅い。

 高々と上杉の旗を掲げさせ、北条兵共に見せつける。荒川を渡河する前に、江戸城に帰ってゆくのまで見えた。


渋川「ハッ…怖じ気づいたか、北条軍は腰抜けですなァ!」


「それもその通りだが…後に北条軍がここに攻めてくるやもしれぬ、急ぎ防備を堅めよ!!」


 まだ味方の損耗具合が伝えられないため、細かい損害は分からないが、奇襲とはいえ味方も300人程は兵が死んだかもしれない。今度城攻めするときは兵糧攻めなどにした方がよいか…だが、攻める側に余裕が無いと出来そうもないな…。


上田「御屋形様!!某、上手く騙せましたぞ!!」


「ようやった!!──能登守よ、これに免じて…」


上田「…め、免じて…?」


「河越御所の問注所執事に任ずる。その上、この石浜城をやろう。」


上田「ははーっ……問注所?」


「政所でもよいが、事務作業を任せる人材が欲しくてな…駄目か?」


上田「駄目ではありませぬが…」


「では、それで行こう。」


伝令「御屋形様、お味方の被害は400名ほどの死傷者が出、撤退せずに降った北条兵は700名ほどです。」


「なるほど、僅かに兵は増えたが……さて、敵はどう出るかな」


渋川「敵はおそらく石浜城を落としには来ないでしょうな、もし落とすなら後詰を張り付け氏康が直接参るかと。

それに荒川さえ挟んでいれば我等の兵が駆けつけるが先でしょうな」


「氏康に勘案させる事項を増やすのも一つの手だな。では、我らは蕨城に向かい河越を守備するべきか…

伝令よ、三戸駿河守にも伝えておいてくれ、蕨城へ向かえと」


伝令「はっ」


「我らはこれより蕨城へ向かう!!難波田らと合流し北条を抑えつけるぞ!!」



 石浜城におよそ1000ほど兵を残し、4000で蕨城に向かう。三戸義宣の隊さえ集まれば5000だ。

 情報によると難波田らは深大寺付近まで布陣していたが、毛呂城と勝沼城の寝返りを知って難波田城まで撤退したらしい。我らと合流すれば1万ほど、兵力で北条には劣らないはずだ。


小姓「御屋形様、北条の動きが掴めたようです。

石浜城陥落の報せを受け江戸城に急行、隊を分け志村城に北条綱成率いる兵2000を向かわせ、志村城に3000、江戸城に1万1000の布陣のようです」


「精確な情報だな…偽の情報ではないな?」


小姓「顔の割れている土豪の話ですから、最低限の信用はできるかと…北条に調略されていなければ、ですが」


「…まあ、江戸城や志村城に兵が入ったのは間違いなかろう。

こちらの動きを見るつもりだな、想定より冷静なのか…」





 蕨城に着陣し、急ぎ書状を山内上杉家当主の上杉憲政に送る。元々西武蔵は山内上杉の領分、関係が微妙でも名目上傘下の武将、それも武蔵守護代の一族丸ごと寝返り、その南方にある滝山城の大石氏が孤立している。彼らもまた山内上杉の配下、見捨てれば大名としての威信を失う。

 かの武田勝頼も、高天神城を見捨てるカタチとなり裏切りが頻発し織田にあっさり滅ぼされたように、何らかの動きを見せなければなるまい…。

 そこで、こちらが行動を誘導してやればよい。昔から犬猿の2家だから、同盟を持ちかければ渋るだろう…が、勝沼と初沢を完全に支配下にすることを認めつつ、北条を打ち破った際には関東管領の任を譲ると言えば動くはずだ。北条が崩れてくれれば儲けものだ。


 尤も、真の狙いはそこではないのだが…、今は取り敢えず目の前の北条軍と対峙することに思考を割くか。


 書状を送り、夕方になった。難波田広重は難波田城に2000で詰め、残り3000ほどを難波田憲重、難波田広儀、太田資正が連れて蕨城に来た。これで8000、北条と対峙しても問題ない兵力──というには少し心許ないのは御愛嬌か。三戸義宣が到着すれば1万になる、取り敢えず待つしかない。


太田資正「御屋形様、只今馳せ参じ申した。石浜城を落としたと聞きましたが、この勢いのまま決戦するのですか?」


難波田憲重「北条は江戸を奪ってから早十数年、地の利は互いにある上、兵力で劣っておる。決戦は避けるべきじゃ」


「ここ蕨城を拠点として北条軍を睨む。石浜城を奪った以上、北条軍が荒川を渡河するのは難しい。このように互いが川の対岸に布陣した場合…」


難波田広儀「…睨み合いが続きそうですね」


「左様、されど…決戦に持ち込みたい北条方は必ず挑発して兵を引きずり出しにくる。

故にどんな挑発をされても命を下すまで兵を動かしてはならぬ」


難波田憲重「…確か、今川と北条の河東一乱の折も氏綱がそのような動きをしていましたな」


「当時は寺を焼いたんだったか…皆、釣り出されぬよう気をつけよ」


一同「「ははっ」」


「それと、太田美濃守資正に頼みがある」


太田資正「はっ、なんなりと」


「三戸駿河守が蕨城に到着し山内上杉が動き次第、蕨城を離れ西武蔵に向かい、毛呂城を落とせ」


渋川義基「山内上杉が歩調を合わせるのですか?」


「山内上杉には勝沼、初沢を狙って貰う──氏綱が今川と対峙している隙に北条に圧力をかけ続けなければ困る故な

西武蔵が落ち着けば河越から兵を出せる、それでようやっと北条と五分五分…厄介なものよの…」




 深夜に三戸義宣率いる兵2000が到着し、これで扇谷上杉家だけで1万を集結できた。

 ──これでいよいよお互いに動けない状態だ。先に渡河した方が負けるのは氏康にはわかっているはず…ここからが勝負だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る