第5話 北条の怒り 同年同月14日

 朝、小田原城にいる北条氏康の元に届いた報せは、あまりにも残酷なものであった。


氏康「……真に、真に綱高が、討たれたと?」


綱成「……ふっざけんな!!アイツが討たれる訳ねえだろ!?また、戦功を比べるんじゃなかったのか…」


氏康「綱成…」


幻庵「…申し訳ありません、私が本佐倉千葉本拠を離れなければ、上杉を引き付ければ討たれはしなかったかもしれません……」


氏康「…いいや、叔父上がいれば上杉に千葉ごと蹂躙されかねませんし、北条の対外的な動きは的外れではなかったはずです。里見義堯が北条軍を見捨てたことと、上杉朝定が北条軍を誘い出したことが原因でしょう。

……クソがっ!!上杉朝定!!…許すまじ……」


綱成「奴は…綱高は良い競争相手だった。上杉に一矢報いねば気がすまぬ!!」


氏康「房総を崩してからの予定だったが…ことここに至れば致し方なし。

…すぐに動く!

父上に頼んで伊豆衆を含めた1万で今川への抑えをしていただきます。

幻庵叔父上には西武蔵の勝沼、毛呂城の調略をお頼みします。

私と綱成は8000で江戸城に向かい、難波田らを蹴散らして上杉朝定が河越に戻る前に扇谷上杉に打撃を与える…これでどうです?」


幻庵「西武蔵の調略は元々進めておりました。その上、上杉の防衛線を広げさせ、こちらは江戸城の兵と合わせて1万以上の大軍で蹂躙する…問題はありませんが、情報通りなら上杉朝定はすでに馬加城にいます。すぐに動かねば間に合いませんよ」


氏康「わかりました。では、私は父上に頼んできます…綱成は本隊出撃の準備、幻庵叔父上は西武蔵の調略を頼みます」


綱成「心得たぞ」


幻庵「承知しました」




 北条氏綱は、綱高戦死の報を聞き小田原城二の丸にいた。


氏康「父上、私は扇谷上杉を潰しに参ります。

ひいては今川への備えをお頼みします」


氏綱「儂に頼るなど…と言いたいが此度ばかりはそうもいかぬな。風魔出羽守がまだ戻っておらぬが今は早さこそ肝要。儂はすぐに動く故、お主もすぐに動け!」


氏康「はっ…北条の怒り、身を以て理解させます!」




───────────────────────


 夕暮れ、上杉朝定は里見義堯や北条水軍を警戒しつつ、ゆっくりと河越城へ向かっていた。この日は国府台城に入った。

 北条氏康挙兵の報は、すぐに河越城まで戻るため国府台城にいた上杉朝定へ届けられた。


「これを狙っていたのか…?綱高を討たれたのがよほど応えたらしいが…今はすでに小机城とな?」


伝令「はっ、8000が早朝に出たとの話なれば、おそらくは…あるいは、桝形城まで強行軍したやも」


渋川「……早すぎる、御屋形様が河越城に着く前に江戸城に着くつもりか」


「いや、我らの領地を取れるだけとる気か、もしくは…私の首だろうな、どのみち北条の誇りがある、このまま引き下がる訳にいかぬといったところか」


渋川「…そうなるとまずいですな」


「…うむ。

かつて父の代に今川義元と北条氏綱が争った河東一乱があったが、それに近いやもしれぬ。尤も、こちらは警戒こそしているが──このままだと決着は和睦どころではすまぬな」


「よし…再び陣触れを行う。

渋川は1500、三戸にもまた1500出してもらい葛西城に向かうぞ…太田信濃守には臼井と協働して千葉を引き続き抑えるように伝える。里見相手には真里谷と土岐に耐えて貰うしかない。

葛西城の上田隊と合流してそのまま江戸城に圧力をかける、難波田らが崩れる前に間に合わねば終わりだ」


渋川「承知!」


「一応足利相模守殿にはそのまま河越城に詰めるよう伝えよ、難波田が窮地なら左馬頭様に河越城を死守するよう頼め、とも」


伝令「ははっ」



「…本隊の者共!!我らはこれより武蔵に急行し、北条より領地を守る!!武蔵より叩き出し小田原まで追い落とす意気で望め!!」


「「応!!」」



 想像よりも北条が強気に出てきた。今後の状況次第では天文の飢饉への対策どころではない。今川義元への備え以外は全力でぶつけるとは、怒り心頭で間違いないのだろう。綱高は殺させないよう言っておくべきだったか?…いや、過ぎたことは仕方ない。問題は今後だ。

 最悪のケースは河越城を落とされることだ。怒り狂い士気の高い北条軍が相手…だが、国衆や土豪をかき集めても1万5000には届かないだろう。房総で痛手を負わせたのだから1万2000が関の山か。こちらは5000と少し、難波田らの隊を合わせて1万以下、河越より出せば1万3000までは捻出できる。数的不利はない。

 ──ただ、北条が無策で突っ込んでくるとも思えない。史実と全く異なる状況だから読み切れない…運頼みかもしれないな、これは。


 調略しようにも近くの勢力は山内上杉位なものだ。扇谷上杉と北条の単純な力のぶつかり合い、どう戦ったものか…?



───────────────────────


 難波田城にいた難波田憲重は、いち早く手旗信号で周辺の城に伝達していく。内容はもちろん、北条への対策だ。


 ──急ぎ動かねばなるまい。

 敵兵は8000、これからさらに膨らむことは想像に難くない。御屋形様の援軍が間に合うか分からない今、各々の武将が城に堅く籠っても片端から落とされるのがせいぜいだ。

 ならば、集結させなければならない…。が、息子の難波田広重、甥の難波田広儀、それに面倒をよく見た太田資正…儂を合わせて4人、各城に最低限残して兵を出させ、かき集めれば4000、いや4500は集まるはず。もし足りなければ河越城より救援を貰うしかあるまいが…どうしても敵軍を防ぎきるのは難しい。せめて5000ほどなら深大寺城で防げただろうが、兵を分散させる悪手は取るまい。


 で、あれば守る城を集中させる他ない。

 とりあえず深大寺付近に布陣し北条軍を牽制、攻めてくるなら難波田城、河越城まで撤退、救援が来るまで耐える。攻めずに江戸城に入るなら蕨城に詰めて抑え込む…これでいく。


難波田憲重「…御屋形様より領地の守りを任された、これを達成できねば腹を切るしかない。頼むぞ、息子達…」

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