第2話 急転換 同年10月8日
上杉朝定はいつもどおり日の出と共に起き、河越城本丸にて政務を執っていたところ…それは唐突に伝えられた。
小姓「お、御屋形様!!太田美濃守様より伝令!!」
「なんじゃなんじゃ…」
小姓「関戸城に北条軍襲来、その数およそ5000!!!」
「………」
…マジか。北条諸将が単独で出せる兵数ではない。おそらく、氏綱か氏康か…氏綱は隠居したらしいから氏康が背後に付いてるな。多摩川を超えた侵攻が狙いなら江戸城から出撃して深大寺城か蕨城を狙ってくるだろう、今回の狙いは関戸城だけか。
小姓「美濃守様は城を枕に討ち死にすると!!」
「阿呆!!小城一つと家臣一人なら家臣の方が大事だろうが!!今すぐに城を捨て多摩川を越えて撤退させよ!難波田弾正にも伝えて深大寺と難波田から兵を出して救援させよ!!」
太田資正は優秀な武将だ、こんなところで死んで貰っては困る。だが、関戸城で5000の兵は防ぎきれない。どうにか生かすしかない。
手旗信号ネットワークで武蔵全域に指示を飛ばす。今日が晴天で助かった。雨天なら救援が間に合うはずもない。
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関戸城本丸にて
太田美濃守資正は城に侵攻してきた北条軍を全力で押し返している。仮にも要害、そう簡単に制圧はされない…が、城兵は1000人もいない。
敵兵5000を率いているのは北条綱成らしい、黄色の旗が敵本陣に見えた。相手にとって不足はない。このまま全滅して扇谷上杉家臣としての意地を見せつけて──
伝令「河越城より伝令!御屋形様は城を捨て多摩川を渡河して撤退せよとの仰せです!」
資正「な…なんと慈悲深い。しかし、ここで引き下がる訳には…」
伝令「続けて難波田弾正様より伝令!救援の兵を向かわせている故すぐに撤退するようにと!」
資正「弾正様まで…そこまで言うなら退くか。…皆!!一度敵陣に攻撃し後城を捨て多摩川を渡る!!死にたくなくばついて参れ!!」
──関戸城の兵は激を飛ばされ、門を死守する。
資正「矢を番えよ!!……放て!!」
北条兵が僅かに止まった。頃合いだ。
資正「退くぞ!退け!!退けぇ!!」
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関戸城南、北条軍の陣
伝令「関戸城に動きあり!撤退する模様!」
北条綱成「相わかった!余った兵で追撃するぞ!…多摩川より先は深追いするなよ!」
北条綱成は兵を2000ほど率いて出撃した。撤退する太田資正らを攻撃するが、すぐに多摩川に着いてしまう。
綱成「皆!ここまでだ!背水の陣を敷かれるのはまずい、追撃を中止せよ!」
綱成「関戸城を奪還したぞ!勝鬨じゃあ!!」
「「「えい!!えい!!応!!」」」
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小姓「御屋形様!関戸城は陥落、太田美濃守は多摩川を渡河し撤退に成功した模様、敵の北条綱成は多摩川を渡河せずに関戸城に入ったようです」
「そうか、大儀である」
どうにか損失は最小限に抑えた。多摩川を渡河してこないのも想定の範囲内だ。
だが、北条は何を狙っている…?軍事侵攻はメインの作戦では無い可能性がある。ならば──調略か。家臣が寝返らないよう目を光らせておくか。
昼過ぎ頃、太田資正が難波田城に入ったと報せがあった。怪我もないらしい。重畳だ。
そして、ほぼ同時に信じられない話が飛び込んできた。
小姓「里見義堯が小弓城の国王丸君を奪取、安房に連れ帰った模様!」
想定内の事態だ。ここは、酒井氏の土気城を攻め落としたら与えると言えば──
小姓「そして、古河御所と同盟を結び、北条氏と千葉氏と連携して真里谷武田氏を滅ぼすと宣言しております!」
「……は?……はぁ!?」
いや、どういうこと?里見義堯が信用ならないのは置いといて、古河公方や北条まで同盟?おかしい、国王丸を得たことと矛盾する。足利の血脈を奪っておきながら権威におもねることなど可能なのか?
いや…可能なのか。今は名目上北条家が関東管領だ。そして、北条家からすれば──まだ5つの国王丸は無視できる存在だ。今は里見より真里谷とこの上杉を潰すべきとの判断か。
やってくれたな、この外道どもが…。
小姓「山内上杉や今川も古河御所足利晴氏に降伏せよと勧告の文を…」
おいおい…完全に根回しされている…。大挙して河越城に押し寄せないのはまだ私の力量を測りかねてのことか。この状況では土豪や地侍どもはおろか家臣さえ裏切りかねない。
──急ぎ、行動を起こすか。
「蕨城に伝令せよ、今すぐに上杉義勝をここへ呼ぶように…。縛りつけてでも河越城によこすようにな!!」
河越城本丸の書院で各地に送る書状を書いている内に上杉義勝が到着した。
義勝「何だ何だ?急に呼び出して…」
「よう来てくれたな。説明してる暇などないが…予定より早いが今すぐ足利義勝に改名して、御所となれ。急ぎ
義勝「な、な、なんでそんなことを」
「つまりだな、今の状況だと扇谷上杉が動ける大義名分がない。最悪家臣が離反し始めるぞ、山内上杉や今川、武田ら諸大名はまだ様子見じゃ、お主を大義名分にして対抗する!急げ!」
義勝「わ、わかった…花押はなくていいか?」
「…いいわけあるか!?なんなら本文は書かなくていいから花押を頼む!」
花押とは、歴史と共に署名が変化していき、記号化したものだ。これがあればこそ本人の書状と言える。
足利晴直「お呼びですかな、上杉殿」
「ええ、お呼びしました。御内書の
足利晴直「…心得た。しかし、書状を書くなんていつぶりかのぉ…」
「それと、私のことは関東管領上杉朝定と書いておいてください。こと関東管領において、北条氏より上杉氏の方が説得力を持ちますから」
私が書いた書状に足利義勝の花押を書かせ、私と足利晴直の書いた副状と共に周辺の大名や家臣、国衆に至るまで大量に書状を送る。まだ筆で文章を書くのは慣れないが読めればいい。
書状を書き、送り出すのに夕方までかかった。疲労困憊だ…。
義勝「あー…そろそろ蕨城に帰るか…」
「いや、帰ってはならん。北条から猛攻撃を食らいかねんぞ…蕨城は太田美濃守資正にやる、お主は代わりに河越城の二の丸屋敷に住んでくれ…」
義勝「えー、折角の居城だったのに…」
「残念だったな…だが、今日からここ河越城、いやお主がいる限り河越御所だな、私ももっと敬語で喋って欲しいか?」
義勝「いや、いい。吾が鎌倉を奪還したら敬ってもらおうか」
──関東中に衝撃が走った。勢力図が、一気に書き換わったのだ。古河公方と北条に対抗するように、河越公方と扇谷上杉の勢力が誕生した。
北条方は古河公方を担ぎ上げ、千葉、里見を味方に付けている。
扇谷上杉方は真里谷を味方に付けているが、北関東の諸勢力がどう動くかまだ分からない。
両雄が予想していない戦略が交錯する。互いに読めない策は、関東を再び混沌へ導いてゆく──夜闇より暗い暗雲が、関東に迫ってきていた。
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