第9話 小弓会議 同年同月27日

 早朝、小姓に叩き起こされた。

 夜討ちではなく朝駆けか、北条軍が鷺沼城を攻撃していた。数は4000程という。すでに渋川、難波田らや太田資正が各曲輪で応戦しているようだ。

 急ぎ近くの難波田憲重が守る曲輪に赴いた。


「敵の攻撃はどうか?」


「御屋形!ここはいまだ危険!!日も昇りました故撤退の兆しはありますし我らの兵の方が多い故落ちはせぬでしょうが…はよう本丸の奥に籠もりなされ!」


 言ってる間に矢が飛んできた。鎧は貫通し、兵も幾人か倒れている。ひえっ…和弓を舐めていた。

 そりゃそうだ、火縄銃が普及するまで…いや、普及した後も有力な遠距離兵器として使われ続けたのが弓矢だ、危険極まりなくて当然…。


「お、おう、そうするとしよう…」


 本丸奥に向かう。まだ矢が降り注いでいるようだった。敵地のど真ん中、補給を絶たれてるのにどんな兵站しているんだ…。それか、ここで矢を使って余裕を見せ我らを足止め、その隙に撤退するつもりか。まあこちらも無理に追いつこうとはしていないのだが…。



 30分ほどして北条軍は馬加城に撤退していった。──追撃はさせないように指示する。

 罠の可能性もあるからな…野戦になれば5000の我らと1万の敵では捻り潰される。


 十分に斥候を放ち、安全が確保された後500ほどと渋川義基を城に残して馬加城に向けて出陣する。

 もうすでに北条氏康隊は馬加城を出て上総に入ったようだ。動きが早い。──小弓城を全力で落とすつもりか、或いはいち早く撤退するつもりか。


 馬加城は捨てたと判断し、少数の兵のみ向かわせ、内陸部を全力で進んで東から北条を睨む作戦に変更する。これならば里見義堯も文句は言えまい、どうせここで北条を倒し切るのは難しい、ならばよく戦っている風に見せれば良い。



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 北条氏綱は馬加城から北条氏康隊が出るのを確認し、小弓城へ出陣する。


 氏康はどうやら朝駆けで扇谷上杉を釘付けにし、隙を突いて上総に入ったらしい。地味ながら有効な戦術的働きだ。

 河越城で負けを知って傲慢さを捨て去ったかな。そうであれば儂の老後も安泰だな。


 北条水軍も近くに来ていると伝令があった。これで進軍も撤退も余裕だ。


 進軍していると、妙見本宮千葉神社辺りで目の前に敵軍が現れた。真里谷武田ではないはず、昨日の書状で土気城から出陣してもらい、足止めさせている。


 ──正木時茂だ。4000ほど率い、氏綱から2kmほどに布陣していた。




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 正木時茂が小弓城の前に現れたのには、理由がある。彼の主里見義堯は上総へ影響力を増しつつ北条に対抗するため、彼は里見水軍を率い木更津を防衛、調略で従えた名門土岐氏の庶流上総土岐一族に上総南東部を、うまい話に乗せた真里谷武田信応に上総中央部を任せた。北東部は酒井氏がいて調略できなかったが、十分だ。

 後は小弓城さえ北条から守ればよい。


 正木時茂は陸路で移動し、小弓城の北で氏綱と対峙した。兵数では大きく劣っている。が…の武将槍大膳、正木大膳亮時茂に恐れは微塵もない。皆に北条が動くまで待つように伝え、悠々と北条氏綱の軍を見つめていた。




 遂に北条氏綱が動いた。正面より半包囲に近い鶴翼の陣で迫ってくる。正木時茂は徐ろに槍を構えた。


「…矢を番えよ」


 北条軍が遂に射程内に入った。


「……放てぇい!!!!行くぞ!!かかれぇえ!!!!」


 正木時茂とその兵らは矢が放たれたが早いか北条軍に突撃する。衝突と同時に、轟音と共に北条兵が吹き飛び、薙ぎ倒され、蹴散らされていく。

 鬼神の如き力と技で、片っ端から叩きのめす。


 ──北条兵らは数を頼りに巧みに囲んでくるが、僅かな隙を逃さず槍を振るい、隊列を崩し続ける。


「止まるな、足を動かせ!!槍と刀を振り回せ!!足を止めれば死ぬぞ!!」




 北条氏綱も常に指揮と激を飛ばし、陣形を維持し、正木時茂の兵を押し返す。だが、再び正木時茂が北条軍を突き崩し、やむなく体勢を整えるため陣を下げた。

 正木時茂も陣を退き上げる。矢切れすればさしもの正木時茂とて負ける。──痛み分けだ。


 北条軍としては、多くの犠牲を出してまで無理に小弓城を攻める利点はない。


 丁度北条水軍が、北条氏綱の陣に近い浜に到着する。北条軍は隊列を崩さぬよう、細心の注意を払いながら水軍と連携し矢を番えつつ舟に乗り込んでゆく。


 同様に、北条氏康も急ぎ北条水軍の付ける場に移動し、撤退を始める。扇谷上杉らの隊は東の内陸から迂回していたらしい、東から氏康隊に近づこうとするが矢に阻まれ、北条氏康隊も撤退した。

 2万4000の軍が、一刻2時間もかからずに舟に乗り撤退とは、軍規の整った北条軍らしい。さらなる追撃は里見義堯に任せ、扇谷上杉隊に合流する。



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 北条軍は水軍の舟に乗り込み撤退していった。向かう先は相模湾の方面と横浜方面のようだ。よかった、江戸城方面に向かったのなら大急ぎで戻らねばならない。


 里見の重臣、正木時茂が面会に来た。


正木時茂「お初にお目にかかる、正木大膳亮と申す」


「私は扇谷上杉家当主上杉朝定である。…大膳亮殿が1万4000の北条勢に4000程で対峙したとの伝令、真であったか…」


 なんというか人間技ではない。物の怪の類かな?


時茂「はっ、これほど大したことでも御座らぬ…、主刑部少から小弓城に案内あないするよう仰せつかっておる故、付いて来てくだされ」


「相わかった。少々待ってもらえるか、兵を解隊して帰さねばならぬ」


時茂「気遣い痛み入りまする」


 一応ここ上総は里見に任せた地、大軍を連れ回るのは失礼だ。その上、上総で掌握していないのは酒井氏のいる土気近辺のみ、あまり神経質になっても仕方がない。

 陣に戻り、諸将──といっても難波田憲重、定重と太田資正しかいないが──らに、解隊し武蔵にまで向かうよう指示する。流石に解隊といっても護衛も付けずには無理なので、難波田憲重に500、私に500ずつ残し残りは全て帰した。



 正木時茂と共に、小弓城に入る。御所だったということもあり、この時代にしては立派な城だ。

 中に入り、部屋を充てがわれ鎧を脱ぐ。あー、鎧めっちゃ重いからすごい楽…。


憲重「御屋形様、里見義堯は只今此方に舟で向かっており、武田信応も酒井を武田信秋に任せて向かっているようです」


「ここに大名が三者集まるとは、面白いものよな」


憲重「急ぐ理由は、亡き御所様の遺児国王丸君でしょうな」


「…別に足利の血筋はもういらぬのだが…彼らにとっては死活問題になりかねぬ、譲って恩を売るか」




 昼過ぎ、未の刻頃に里見義堯が、申の刻頃に武田信応が小弓城に入った。誰とも言わないが自然と、三人の大名が小弓御所の大広間にて一同に会することとなった。…席次で揉めそうだったので、上座下座を無視して丸くなって座る。


 「お二方、お初にお目にかかる、扇谷上杉修理大夫朝定と申す」


義堯「武田殿とは面識があるが…儂は里見刑部少輔」


信応「房総管領が嫡流、武田三河守信応と申す」


 ………。うーん、流石に大名3人だと重苦しいというか、気まずい空気だな……。


「此度小弓御所足利義明様が討たれたこと、真残念でなりませぬなぁ」


 と、とりあえず皮肉でも言って場を和ませよう。そう思って口に出てしまった。


信応「…いや、貴殿が仕組んだのでは?」


「ははは…たかだか13の若僧には無理でしょう」


義堯「…くだらぬ嘘などつかずともよい…」


「…では、それぞれ人払いでもしましょう…私は幼いので重臣がついてても構いませんよね?」


義堯「……まあ、儂はよい」


信応「……では、よいかと…」


「…ご配慮痛み入る」


 三者が手を挙げ、難波田憲重以外は皆大広間から外す。難波田憲重は私の一歩後ろに座っている。


信応「此度は北条との戦、実に難事であったが、お二方のお陰でよく追い払え候へ、感謝いたす…つきましては、上総北東部の酒井と戦うためご助力願いたい」


義堯「無論構わぬ…但し、もうしばらくしてからよ…今はちと早い。領地を増やしたばかりの上、千葉に北条幻庵がおるらしい…。千葉と酒井は北条繋がりで結んでおるやもしれぬ、まともにぶつかりたくない…」


「同感ですな、無論可能な限り援助致します故…私の傘下、臼井城の臼井も千葉に対抗するため要請があれば援助頂きたい」


 本当はまだ傘下じゃないけど構わない。ここで下総中央部まで手に入れたことを示し、有利にことを運びたい。


義堯「ふむ…儂はそれも構わぬ」


信応「余力があるかは分かりませんが、北条や古河御所と連携されると厄介故微力ながら力を尽くしましょう」


「ではそのように」


義堯「…本題に入ってよいか?」


信応「…構いませんが?」


国王丸君くにおうまるぎみのことですかな?」


義堯「いかにも。まずもって小弓御所の嫡流として保護する。これはよいな」


信応「無論」


「ふむ…まぁ、いいでしょう」


義堯「歯切れが悪いな、上杉殿」


「いえ…ただ、古河御所への対抗として担ぎ上げたいというのなら暫くは出来ないでしょう、まだ5つですし」


義堯「それは我らが育てれば良いだけのこと…その上で、どなたが預かるかという話になるが…」


信応「このまま小弓城で、私の管轄にしては?」


「私は預かるつもりはありません、必要なら引き取り、育てますが…方々に預かるつもりがおありなら任せましょうぞ」


 二人が少し驚いている…当然だ、私としては氏康を追いかけつつ、下総の城を頂いていただけだが、彼らからすると国王丸を奪う為にも見える。それに将来的に傀儡にするにせよしないにせよ預かっていた方が利益がある。それを手放すのは奇特に見えるだろう。


義堯「う、上杉殿はそのような方針なのですな…儂からすると、敵から最も遠い安房が…」


信応「里見殿、ことここに至って足利の血さえ手に入れる気ですか」


義堯「いや、それは…」


「まあまあ。お二方の言い分は分かります…ここは、国王丸君をお呼びして決めて貰うのは如何なりや?」


義堯「…儂強面だからちょっと…」


 ええ…。それを言い訳にできるものなの?


信応「国王丸君は齢5つにしてすでに聡明で賢いお方、見た目だけで判断はすまい」


「分かりました。では里見殿、よろしいか?」


義堯「…うむ…」


「では弾正、お呼びするように」


難波田憲重「…承知しました」


 憲重は戸を閉め、出ていった。話は続く。


「それはそれとして、国王丸君の姉君がここ小弓城におると聞いた。当家の影響力保持のため、ここは引き取らせて頂きたい」


信応「娶るおつもりですか?」


「えっ……?………いや、まだ幼いのではなかったですか?ただ預かり、養育するだけですよ」


義堯「上杉殿も儂からすると幼い。今すぐにとはならずとも、将来的には…」


 いや、本人の意思は?まあ、勝手に連れ去ろうって私も酷いけど。


義堯「国王丸君の姉君は上杉殿に任せるとして、もし国王丸君を誰が預かるか決まらねば如何する?舟で競争でもするか?」


信応「舟では里見殿に誰も勝てぬでしょう…」


「もしそうなればくじ引きか何かで天に決めてもらいましょう。丁度ここの北に妙見本宮がありました。そこに行き神仏に占って貰っては?」


義堯「まあ神仏なら…」


 神なら信じるっていうか、どうせいつかぶん取るから家臣さえ納得させればいいかって顔だな…。


 そんな話をしていたら穏やかな顔と聡明そうな瞳が特徴の国王丸君が現れ、その手を一人の幼い少女が引く。どの時代でも通用しそうな、たおやかな雰囲気の美しい方だ。


難波田憲重「皆様、国王丸君が参りました」


 3人で上座を譲り、横並びで拝謁する。


国王丸「なにごとがあってよびだしたのか」


「はっ、上様の子、国王丸君を里見殿が預かるべきか、武田殿が預かるべきか決めかねましてな…よろしければ国王丸君に決めて頂こうかと」


国王丸「あねうえ、どうすればよいでしょう?」


千佳「…国王丸が決めてよいのですよ…?」


国王丸「どちらがよいかなどわかりませぬ、ちかくに城のある武田どのか、とおくあわにしょりょうをもつ里見殿か。どちらにも利があるのでしょう」


千佳「……では、そこの…」


「…失敬、私は扇谷上杉家当主、上杉修理大夫朝定と申しまする」


千佳「上杉様は何故国王丸君を引き取ろうとなさらないと?」


「はっ、我が本拠がここより遠く、その上扇谷上杉は敵に囲まれていれば真里谷武田殿や里見殿の方が安全故です。代わりに国王丸君の姉君をお預かりし、当家の影響力を担保させて頂こうかと…」


国王丸「やはり、あねうえとはそばにいられないのですね…」


千佳「え…そ、そんな……」


 あっ、やべ……思ったより傷付いてる…。ど、どど、どうしよ…。


「あっ、それは…えー、えーと、えーと……」


千佳「……かくなる、上…は─」


「……!?いけませぬ!!!」


 まずい、小刀で自ら喉元を突こうとしている。

 今まで気付かなかったが、父に叔父、長兄まで喪って気が動転していたのか。その上唯一の肉親たる弟を取られそうになり…ってことか。しまった…見落としていた。私としたことが…

 急ぎ走り寄り、小刀を掴もうとするが逆に焦って突こうとしてしまったようだ。どうにかするため慌てて右手を出し…………──右手のひらに刺さって止まった。カランと音を立て小刀が落ちる。


千佳「あっ…あ、あ…」


 血が結構出る。


 ──割としっかり痛いが、痛くないふりをする。


「あ、ああ、こ、これは見た目ほど深い傷ではありませぬ、お気になさらず。しかし、少々手当をしたく。国王丸君、失礼仕る。里見殿、武田殿、あとのことはお頼み申す……御免」



「これから手当する、出来るだけ汚れのない麻布と度数の高い酒…度数とかまだ無いか、強い酒を持ってきてくれ」


小姓「はっ、すぐに」


難波田憲重「御屋形、切り傷には馬糞がよく…」


「あ、あほう、そんなものつけたら化膿して逆に悪化するわ」


「お、庭に井戸あった。悪くなってないな、この水ならよかろう」


 この時代っていうか近代になるまで、衛生管理という概念すらない。現代の基礎的な医療知識さえ、数多の積み重ねでできているのだ。


小姓「御屋形様、御所の蔵にあり、分けてくれるとのことです、琉球のサキだかなんだかと」


 サキ、琉球……泡盛のことか!この時代超珍しいものだろうに。足利義明は物好きコレクターか何かだったのか。

 アルコール度数は60%程欲しいがどうせ30%位だろ、まあ無いよりましってことで…


 井戸水で洗ったのち、サキをかけ、染みるのを我慢して井戸水で洗い流す。その後麻布で包帯巻く。通気性は良い、これで十分だ。


 めっちゃ染みるし痛いが戦場で傷を負うよりずっとましだ。この分ならほっとけばそのうちちゃんと治る。

 よし、そろそろ戻ろう…。



「只今戻り申した」


国王丸「上杉どのの右手、ごぶじかな」


「はっ。少々酒をお借りしましたが、しばし待てば治るでしょう……姉君は落ち着かれましたか?」


義堯「暫く呆然としておったが、落ち着いたようじゃ…後で一言挨拶しにゆかれてはいかがか」


「承知致しました。して、国王丸君はどちらが引き取ると?」


信応「居場所はここ小弓にて、里見刑部殿のご負担で養育すると、折衷案になり申した」


「なるほど…お二方と国王丸君がお認めになったなら申し上げることも御座らぬな」


 おそらく隙を見て里見義堯が水軍で攫うつもりだろう──だが、ここはあえて言う必要はない。


国王丸「あねうえには…あねうえじしんのことゆえ、あとでこたえをきくとしようそれでよいか?」


「はっ、よろしいかと」



 評定は終わり、武田信応は真里谷城まで帰っていった。里見義堯も水軍で安房まで帰るという。もう日も沈むというのに、忙しいものだ。

 かくいう私も、明日早朝には河越に戻るためここ小弓城を出立しなければならない。

 一晩ゆっくり眠る…その前に、国王丸君の姉、千佳様に御目通り願おう。小姓を通じて面会の意思を告げると、すぐさま奥の間に通された。



「お呼びだてして申し訳ありませぬ」


千佳「い、いえ…手の傷は…」


「無事ですよ、すでに痛みは…大分、引きました。それより甲冑で河越から小弓まで参ったのです、足の方が疲れて痛いですな」


千佳「そ、そうですか…」


 幼いのに多大な心労を抱えているようだ。暗い話を持ちかけてしまった罪悪感が…。


「…私の扇谷上杉家で引き取るという話、千佳様がお嫌なら無かった話にしてしまっても構いませぬ、心労を増やしてしまい申し訳ございませぬ」


 まあ別に、足利義明亡きいま、どうしても小弓公方の一族と繋がりを持たなければならないということはない。政治手段としてカウントしてしまって悪いがここで断られても大きな問題は──


千佳「…いえ、上杉様に…連れて行って頂きたいのです…」


「…?」


 どうしたのだろう、嫌がっていた訳ではないのか?


「…何故か、お教え頂けますか?」


千佳「えっ…それは…国王丸とは、今生の別れではないのでしょう──それと……いえ、気にしないでください。」


「?はい…では、明日早朝にはここを出立するので、

準備をさせるよう伝えておきます。河越まで輿を使うでしょうが、少し長い道のりですから今夜はゆっくりお休みください」


千佳「分かりました…。不束者ですが…明日からよろしくお頼みもうしますね。あの、上杉様のことはなんとお呼びすれば…?」


「えっ…えー、御屋形とか修理大夫殿とか、あとは太守殿とか河越殿とか呼んで頂ければ」


千佳「…そのようなかたい言葉では嫌です、もっとやわらかい呼び名はありませんか?」


 や、やわらかい呼び名ってなんだ?わ、わからない…。


「朝定殿とか幼名の五郎殿とか…」


千佳「そ、それです!これから、五郎殿とお呼びしますね!」


 え、ええ…なんかフランクに呼びたかったのかな。まあいいや。


「…千佳様がよろしければそのように」


千佳「様付けは…お止めください、せめて殿付けで」


「わ、わかり申した…?」


 な、謎の呼び名指定だが、まあいいだろう。心の傷も僅かにも癒えたならよかった。


千佳「それと、私は8つですが…五郎殿はおいくつなのですか?」


「まだ13ですよ」


千佳「…ふふっ、そうですか…」


 …そんなに年齢聞きたかったのかな?


「では千佳殿、私にはやるべき仕事もあるので失礼いたします」


千佳「はい、五郎殿、無理はなさらないでくださいね?」


「?は、はい…?」


 結局、何を考えているかは分からないが仲良くはなれたか。


 奥の間を出て手配された部屋に行き、領内諸将の領地割について考える。承認が得られるか分からないが、出来るだけ領地替えを行って当主権力を向上したい…諸将には帰る途中についでに確認の書状を渡せばよいか。


小姓「御屋形様、会いたいと申す人物が参られております」


「誰かな?」


小姓「足利晴直様と名乗られております」


 ──義勝の父親じゃん──。


「…すぐに通してくれ」



「お初にお目にかかります、扇谷上杉家当主上杉朝定です」


足利晴直「うむ、足利左馬頭晴直じゃ、ときに…息子の義勝がお主の領内に向かったと聞いたのじゃが、知っているか?」


「ええ、存じております…普段は河越にいますが、城を与えようかと考えています」


晴直「では、儂も河越か義勝のおる城に住まわせて貰ってもよいかの」


 ええぇ……。多分義勝嫌がるだろうな──でも、足利という政治的カードがあることは悪いことではない。客分として扱うか…。


「…分かりました、すぐにはお屋敷を用意はできませんが、それでもよければ」


晴直「うむ、すまんの…よろしく頼む」


「…では、明日出立しますから、準備をするように頼みます」

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