第5話 決戦前日 同年同月25日
利根川を渡河し、葛西城をひと息で攻め落とした北条綱高は
太日川を渡河出来ないのは、小弓御所足利義明の弟基頼が国府台城に入っており、足利義明は後方の馬加城に後詰している上、真里谷武田信応の隊が北の千葉に、里見義堯と正木時茂が水軍で太日川を睨みを効かせているからだ。ここを突破するには1万2000では到底足りない…というより、このままここを渡河しようものなら北条は負ける。
だが、ただ単ににらみ合いを半月以上行った訳ではない。北条幻庵を古河に向かわせ兵の催促をし、その後千葉の本佐倉城に入って千葉軍を指揮し始めた。千葉の総勢で北より相模台を目指し出陣したとの情報が入った。
北条綱高「そろそろ頃合いのようじゃな、
北条氏康「その必要はないぞ」
綱高「氏康殿!?何故ここまで…」
氏康「どうやら里見義堯は北条にも小弓御所にも付きたくないようだ。見ろ、正木時茂が付いておりながら江戸湾からまるで北上してこない」
氏康「つまり、小弓御所への義理立てよ、矢を射掛ければ退く筈…それを伝えに来た、父上も江戸城を出立し、ここに向かっている…。綱成は江戸城に置いて来た、扇谷上杉に一矢報いたいとかなんとか…」
綱高「あ奴は感情で生きておりますからな…では早速、里見勢を追い返しましょう」
北条綱高は里見軍に矢を放ち、里見軍は知っていたかのように江戸湾の奥へと撤退した。
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北条氏綱は、1万4000の兵で葛西城に着陣した。
北条軍は総勢2万6000で利根川と太日川の間に布陣している。千葉軍4000を含めると3万にまでのぼる。
足利義明は、馬加から国府台城まで進軍した。氏綱との決戦を覚悟したようだ。里見の水軍は、足利義明の動きに合わせ、太日川河口まで戻った。総勢は2万3000。北条軍と共に史実より早く対峙し、史実より兵力が多かった。
扇谷上杉朝定の誘導により、関東の趨勢を決める大決戦が演出されている───はずであった。
伝令「御屋形様、御屋形様ーーっっ!!!」
「なにごとかっ!?」
伝令「北条、千葉両軍が決裂、北条は小弓御所に和睦のため幻庵宗哲を人質として送るよう確約、千葉は小弓御所に恭順の意を示し
「……あなやっ!?!?」
いや、もはやそんなことはどうでもよい。北条がこの期に及んで和睦を望む戦略的理由がない。
………一体、何が起こっている?
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一昨日、千葉氏の本拠、本佐倉城に幻庵が入った頃──
北条幻庵「千葉昌胤殿、お初にお目にかかる、箱根権現別当の幻庵宗哲と申します」
千葉昌胤「おお、よう来てくださった…。しかし、儂がここを離れて北条様に加勢することは叶わぬ、周辺の国衆が小弓御所派でここを離れられぬのよ…わが側近、高城下野守胤吉は北条様の陣の近く、小金城と根木内城を持っており兵力も4000と十分に詰めさせてある、援兵なら高城胤吉を頼られよ」
幻庵「存じておりますよ、千葉殿には名簿を書いて貰いたく」
昌胤「名簿?すでに北条様に与しておるのに而して左様なものを?」
幻庵「北条ではなく足利義明に送るのですよ、油断の為の策です──明日には高城殿の小金城に赴き書状を兄上に届け、そのまま足利義明に送ります」
昌胤「分かりませぬな、何故そのような」
幻庵「北条と千葉が内輪揉めしたと喧伝し、北条は私を人質に小弓御所と和睦を願い、千葉殿は名簿を差し出し恭順するふりをする…」
昌胤「なるほど、あの誇り高き足利義明であれば、由緒ある方法で降伏すれば信じ込むでしょうな、それに幻庵殿直筆の書状で人質になると嘘を吹き込むのですな…さすがの策かと、気付かずに北に誘い出せますな」
幻庵「明後日高城殿に少々兵を動かしてもらい、北条との決裂を演じて貰います…、同時に書状と名簿が国府台城に届くよう調整も必要でしょう…私が千葉領にいること、悟られぬように頼みます」
昌胤「ははぁっ、わが側近のこと、宜しくお頼み申す」
幻庵「千葉家のこと、すべからく当家にお任せあれ」
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国府台城に入っていた足利義明は、弟基頼と里見義堯、武田信応、そして息子足利義純を広間に呼び軍議を行っていた。
義明「フハハハハ、見よ、基頼!!!これが公方の、御所の、足利の威光ぞ!!」
信応「流石は御所様にございます!」
基頼「兄上、これは罠の可能性も御座る…今すこし落ち着きなされ」
義堯「御所様、油断は決してなりませぬ…北条幻庵はただの僧侶ではなく、謀略の使い手なのです、一度味方として戦った故よくわかりまする」
義明「何を言っておる、実際に小金城で乱闘があったそうではないか、千葉の中でも揉めておるのよ」
義純「父上、戦はなくなったのですか?余のういじんは?」
義明「おお、すまぬのぉ義純、余の威光が強すぎて向こうから頭を下げてきおったわ、初陣はもう少し後にとっておく…折角故な、御内書で北条と千葉の和睦を斡旋してから堂々と晴氏の首を取りに行こうぞ!!」
義堯「御所様、今一度警戒をするべきかと」
義明「何を言う刑部、里見は足利が同族たる
国府台城を出て、太日川に向かう将…そう、里見義堯だ。
彼は里見水軍の舟に乗り込んだ。舟には正木大膳亮時茂がいる。──彼は間違いなく、関東で最も強い武将だ。
正木時茂「御屋形様、軍議はいかに」
義堯「あれは駄目だ、話にならん…北条の餌に目が眩み、目の前の状況がまるで見えておらぬ。わざわざ共に死んでやる必要などないわ。我らは計画通り北条が動き次第安房に帰るぞ。足利義明には北条水軍の抑えに向かうと伝えればよい」
時茂「然れども、御所様を…主君を見殺しにするは…」
義堯「大膳、お主は一際強い上に忠義者よ、それに情けも持っておる。…だがな、部下に守られる主君というのは部下を守る主君でなければなるまい…。傘下の者共を己に付いて当然と考えるものなど、どれだけ兵がいようが生き残れるものか」
時茂「なるほど…相わかり申した。それに、某は御屋形様の
義堯「儂もよい忠臣を持ったな…、実はな、扇谷上杉と密約があるのじゃ」
時茂「それはまた…御屋形様は色々な手を打ちますな──密約とはいかなるもので?」
義堯「氏綱と御所の決戦後、里見は上総を、扇谷上杉は下総西部を、下総東部は切り取り次第…という国分よ…ははっ、おいしい話過ぎて涎が止まらぬわ……──安房に着き次第、急ぎ上総占領の準備をせよ」
時茂「心得申した」
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上杉朝定はしばらく考え、北条の狙いに気付いた。なるほど、見るからに怪しい簡単な謀だが小弓公方足利義明にはこれ以上なく刺さる罠だな。考えたのは北条幻庵だろうか。
「諸将に申し伝えよ、北条が動き次第出陣する…。計画通り──下総西部を取りに行くぞ!」
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