第3話 河越城 同年7月6日
月が変わって北条が挙兵し、動きを見せた。
関東最強勢力を率いる北条氏綱は堂々たる軍勢で小田原城を出立、長い行列を作りながら玉縄城、小机城を経由し、江戸城に入った。その数は1万5000、城主北条綱高率いる兵4000と合わせ2万近い。
もちろん狙いは葛西城──に見せかけている。
その情報を掴んだ私──河越城にて指揮を執る上杉朝定は、急ぎ葛西城救援へ兵を送る…ように見せかける策を実行する。
「三戸駿河守、お主の出番じゃ、存分に暴れてこい」
三戸「御屋形様、暴れる手筈ではないのでは?」
「ただの冗談だ、上田朝直が撤退するまで…もしくは河越城が攻撃されるまでは葛西城の救援の体でな。」
三戸「もし北条が後詰の我らを狙えば…」
「さすれば撤退せよ、追撃で敗走せぬよう気をつけるのだぞ」
「三戸駿河守には、兵3000を任せることとする」
三戸「はっ…河越城の守りを1000未満にして大丈夫なのですか?」
「そうしないと釣れない可能性があるからな…お主は3000という北条が無視出来ない数で葛西城の救援に向かえばよい」
上杉義勝「修理大夫よ、吾は行かずともよいのか」
「…いいのです、あなた様にはやってもらいたいことがあるので」
上杉義勝「槍働きか?」
「左様、ここ河越城を攻める北条軍を壊滅させます」
上杉義勝「それは大きく出たな」
「大きな目標を立てれば、少々の失敗があっても上々なのです」
上杉義勝「そういうものかね…吾の兵は?」
「敵の陣容次第ですが、残りの河越城兵が700ですから、100から200で」
上杉義勝「むぅ…少ない」
「相模守殿からは猛将になれる素養を感じます…人が直感的に指揮出来る人数の上限は300人です、強みを活かせて丁度いいでしょう…思い通りにいかない大軍より手足のように動かせる寡兵の方が扱いやすい筈です」
上杉義勝「それなら合点が行く…300人では駄目か?」
「駄目ですって…城兵400だと城の防衛に足りなくなります」
「敵の陣容がわかるまで、大人しく稽古とかしててください」
上杉義勝「はーい…」
ガ、ガキが…。20とは思えん…。
三戸駿河守が岩槻城を越えた伝令が届いた頃、動きがあった。河越城の北3kmほどに兵がいる。旗印は、北条だ───。
時刻は夜中。真夜中で敵地の奥に布陣するとは、史実を知っていても北条氏康の非凡さをひしひしと感じる。それにこちらに移動しているのが見えるが、松明の動きが揃っているのを見るに統率がよく取れている。この時代の軍の動きとは思えん。
すぐに上杉義勝に200の兵を付け裏手から出撃させた。
200つけたのは松明が多く敵兵が多く見えるためだ。予想通りならば実際の兵数は1500から2000程度のはずだが、ぱっと見ではより多く感じる。前情報なしなら3000と判断するだろう。尤も、浸透戦術で3000を動かすのは難しい。織田信長の桶狭間の戦いでさえ領内かつ十分な情報収集を必要としたのだ。いかに北条氏康が名将とて2000が限度、むしろ2000では多すぎるくらいだ。
兵数は少ない方が進軍速度が速い。それは氏康もわかっている筈だから、どうせ綱成に300ほどつけて突撃させてくるだろう。
ならば猶予は少ない。すぐさま城兵達に指示を飛ばす。
「作戦通り一部の兵を除き、すぐさま三の丸から二の丸まで撤退せよ!!門兵は城外へと繋ぐ全ての門を開けよ!!」
「全兵力を二の丸に収容した後、二の丸の門のみ封鎖せよ!!矢の準備と火矢の用意も忘れるな!!」
河越城を巡る戦が、今…始まる。
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北条家嫡男、北条氏康は河越城に向かうなか、近況を思い出していた。
──兵力はたった2000、この数さえ気付かれないよう敵地に浸透させるのは難しいことだった。
桝形城まで進軍し、小沢辺りまで来たところで兵たちを変装させた上、20〜30人ほどずつで別れた後西武蔵、奥多摩を経由して河越城の北に布陣したのだ。経験のないほどのきつい山越えだった。だが、だからこそ敵は想定していない筈。
戦法は単純、北から私が1700で城に向かう。持たせる松明を増やし、3000ほどに見せる。夜闇の中だ、詳しい人数など分からない。
綱成に300の兵をつけ、南から奇襲してもらう。複数方向からの想定外の夜襲、おまけに斥候の調べでは城兵は700だったらしい。
河越城は堅城、3倍の兵力では本来揺るがないが、最悪落とせずとも葛西城を孤立させ陥落させるのが戦略の狙い。私は悠々と、新たな当主と聞く上杉朝定のお手並みを拝見するとしよう。
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上杉義勝は、200の兵を率いて河越城下に息を潜めていた…。
河越城主上杉朝定に頼まれたことはたった2つのみ、単純だ。
1つ目は敵が三の丸に入ったらころの付いた移動式の柵を門前に配置すること。二重三重に置いて欲しいと言っていた。だが北側はやらなくていいらしい。
2つ目は三の丸から火の手が上がったのを確認次第城の外に布陣している敵の横から突撃すること。ぶつかり次第撤退してもいいらしい。
後は追って指示を出すとか。まあ細かい作戦は修理大夫に任せておこう。そんなことより、夜陰に紛れて敵を狙うのはなんだか…ワクワクする。
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