第2話 大名達の戦略 同年同月10日

 上杉朝定が評定を終えた翌日、里見義堯から密書が届いたとの連絡があった。流石は里見水軍、江戸湾を渡るスピードが段違いに速い。東日本最強の水軍は伊達ではないな。


 内容は扇谷上杉と密約を結び、密書通りの行動をすると確約するものであった。わざわざ起請文きしょうもんまでついていた。律儀なことで。



 北条の動きが徐々に活発化しているらしいと情報が入ったので、作戦のために河越城のを改修、強化しているところだ。何故二の丸なのかは…今は語らぬこととしようか。


小姓「御屋形様。二の丸への門周辺の強化はあらかた終わりました」


「大儀、職人共に米か金を与えよ、それと土塁、城壁の強化も急ぐように伝えよ」


小姓「はっ」


 あまり無茶な改修はしたくはないのだが、背に腹は代えられまい。

 来たる大乱に備え、布石は確実に打っておかねばなるまい。──北条の動きを知っていたとしても、まるで油断など出来るものか。



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一方その頃、小田原城にて



 北条氏綱は本丸大広間で、軍議を行おうとしていた。

 呼び出したのは北条一門、北条氏康、北条幻庵、北条綱成、大道寺盛昌である。

 大広間には、真里谷武田信隆がいた。


氏綱「此度集まってもらったのは他でもない、小弓御所のことじゃ」


氏綱「ここに武田信隆殿がおる。簡単に房総の動きを教えてくれぬか?」


武田信隆「はっ……武田信応との家督争いの最中、小弓御所が昨日挙兵し某の居城峰上城に向かって来たのです」


武田信隆「その上、里見義堯が某の後詰ではなく小弓御所に合力し、正木時茂が攻め寄せ申した…。某の兵力と峰上城では到底防ぎきれぬ故、北条様の手引きに従い這々ほうほうていで江戸湾を渡り、玉縄城からここ小田原城に参った次第…真、北条様にはかたじけのう御座います……」


氏綱「よい、我らは盟友じゃろう…それより里見が裏切るとは、災難であったのう、信隆殿…」


氏康「里見は我ら北条の援軍が間に合わぬとみて小弓御所に着いたのでしょう、我らが兵を出して家督を握らせたというに、正しく情ない男です」




綱成「……なぁ、盛昌、何で綱高がいないんだ?北条一門が集まる筈が、大道寺のお前がいてあいつがいないのはよくわからん」


盛昌「…はぁ、この阿呆が…綱高殿は江戸城主、扇谷上杉を無視してここ小田原城に帰れば江戸が危うかろう…」


幻庵「そこ、関係ない話は後にしてください。盛昌殿の言う通り北条綱高殿は扇谷上杉への抑えです、今は動かせません」




幻庵「兄上、このまま放っておけば我らの味方たる千葉や古河御所が危険です。武蔵まで兵を出すべきでしょう」


氏康「叔父上の申される通りです。父上、私の策を聞いてください」


氏綱「では氏康、策を申してみよ」


氏康「はっ、まず幻庵叔父上のおかげで西の脅威は一旦去りました。ならば武蔵を攻め、下総への道を開きます」


氏康「…大軍を以て江戸城に入り、葛西城を狙う動きを見せます、葛西城は扇谷上杉唯一の江戸湾に繋がる城であり、荒川を挟んで小弓御所と連絡を繋げる城です。ここは到底無視できませんから、ここに河越城から兵を出させたところで───河越城を狙います」


綱成「どういうことだ氏康?河越城なんて攻める意味あるのか?」


盛昌「河越城は扇谷上杉の居城、攻める意味がないわけなかろう…しかし、氏康様、蕨城と難波田城で固められた河越城をいかにして攻めるのですか?」


氏康「山内上杉と扇谷上杉の入り混じっている西武蔵の山々に行き、少人数…3、40人ずつに分かれて奥多摩に向かいます、そこから反転しつつ合流し、松山城を避けて西から直接河越城の前に布陣、河越城を奇襲します…河越城は堅城、兵出来るだけ葛西城に呼び込むため父上が江戸城に1万以上の軍勢で入って頂けば、河越城の守兵はおおよそ1000を切らざるを得ないでしょう。無論、桝形城付近にも4000ほど置き、相模への逆侵攻を抑えてもらいたいので、河越城への奇襲は2、3000が限界でしょうが…もし河越城の守兵が多いようなら、葛西城を包囲させます。小弓御所の援軍があるでしょうが、兵の損耗を避け荒川を渡らず国府台城に詰めるでしょうから心配無用です。河越城の守兵が十分少なければ奇襲します、最悪落とせずとも兵力を再び河越城付近に呼び込めれば後は葛西城を落として荒川を渡河、千葉とともに小弓御所と決戦できます」


幻庵「古河御所との交渉で援兵は無理でしたが旗印の使用は許されました。これで我らは幕府軍、あるいは古河御所軍も同じです、正当性で小弓御所には負けませぬ」


大道寺盛昌「二重の囮作戦…、これならば容易に房総に入り、決戦で勝てるでしょうな」


氏綱「うむ、良い策じゃ…よしそれで行こう、河越城を奇襲するは氏康と綱成の両名でよいかな?」


氏康「私が申し出たのです、私が行くのは当然でしょう」


綱成「氏康が行くってことは俺は大将になれないのかよ?」


氏康「私が戦況をみてお主が河越城に突っ込む、十分な布陣であろうが」


綱成「まあ武功を挙げられるならなんでもいいか」


氏綱「では、各々城で兵を集め、挙兵せよ…大道寺盛昌は桝形城で扇谷上杉の南下に備えよ、小弓御所との決戦時には江戸城を頼む」


大道寺盛昌「承知」


氏綱「幻庵は葛西城まで儂と一緒じゃ、落とし次第千葉へ参り、千葉の動きを助けよ」


幻庵「心得ております」


氏綱「氏康、綱成は言った通りじゃが、決戦には参れ、河越城を落としたのならば城は綱成に頼む」


氏康「綱成に城を任せてよいのですか?」


氏綱「よい、嫡男のお主を釘付けにされる方が問題である上、綱成ならば扇谷上杉に狙われたまま河越城を守れる…信隆殿も房総へ行きたいか?」


武田信隆「……いえ、満身創痍で槍大膳より逃げて来た故、ボロボロのまま決戦に向かえば足手まといになりましょう」


氏綱「そうか、ならば大道寺盛昌とともに扇谷上杉の南下に備えてくだされ」


氏綱「……これよりは長き戦となろう!北条一丸となって扇谷上杉を翻弄し、小弓御所の御首を頂くぞ!この戦は北条のご家運を占うもの!八幡大菩薩の加護を得られるよう、全力を尽くせ!!」


一同「「応!!」」


 ここに軍議を終えた北条家は挙兵した。狙いは扇谷上杉と小弓公方の両家である。史実通り、関東最大の勢力が今、動き出す。


───────────────────────


 一方その頃、小弓城にて


 小弓御所にて小弓公方足利義明は弟である基頼と面会していた。武田信隆勢を房総から駆逐し、里見を傘下に加えた今、房総の敵は千葉のみとなっている。


足利基頼「今回のご戦勝、まこと目出度いですな」


足利義明「フン、余の前に真里谷如き、相手にもならぬわ…里見も完全に傘下においた。里見義堯も足利の血を引いておる、北条につき続けるほど馬鹿でなくて助かるわ」


基頼「これで敵は千葉、そして…」


義明「そうじゃ……あの憎き同族、晴氏をこの手で切ってやらねばなるまい…室町に将軍がいるのも許せぬのに、ここ関東に2つも御所は要らぬわ!!…あるいは晴氏を屈服させ、東国を再び足利の名の下余のものとしよう…

 所詮足利以外は雑魚なのだ、足利の血を継ぐ大名は関東では余に晴氏、里見のみじゃ、上杉も足利の執事たる家、扇谷上杉はすでに余のものであるし、山内上杉も晴氏を降せば余のものよ」


基頼「……しかし兄者、北条が動くやもしれませぬぞ…やつらからすれば晴氏を負かされるは許せぬことではないか?」


義明「フン…伊勢如き、源氏ですらない上北条など下等な名を名乗るなど、所詮室町殿の犬の癖に酔狂よな…どうせ余を恐れて刃など向けぬ」


基頼「だが、千葉や真里谷信隆は北条の手の者、我らを止めに来るでしょうな」


義明「いかに扇谷上杉が弱くとも、北条が房総に来れるか?もし房総に来て晴氏討伐の邪魔立てをするなら、伊勢も吉良足利分家の分家の今川の家臣であり、遡れば足利の家人だったのだ、余が直々に成敗してくれる…よし、準備が整い次第下総に向かい、国府台城に入る。北条は余を恐れて扇谷上杉を攻めることもままなるまい、そのまま扇谷上杉に北条の相手を任せて晴氏と千葉を討伐するとしよう」


基頼「ではそのように触れを出しましょう…。!?」


基頼「た、龍王丸たつおうまる殿…いえ、義純殿、それは太刀、お巫山戯ふざけはお控えなされ!」


義純「叔父上はそうおっしゃるが、余は父上の刀をふるいたかっただけじゃ」


義明「おお、義純、後で余の上総一良い太刀をやる故な、少々待ってくれ」


義純「やった!、父上、ですな!」


義明「…義純、余は太っておらぬ…」


千佳「…兄上父上と…叔父上が…お困りです、よ?国王丸くにおうまると一緒に、庭のほうへ…戻りましょう…?」


頼純「あにうえ、たちはあとでたまわるのです、あねうえのもうすとおり、いまはわたしとぼくとうでけいこしましょう」


義純「うるさいわ!」


基頼「これっ、義純殿!!足利家の男子たるもの、常に余裕と気高さを保っていなければならぬのですよ、しっかりなさい!」


義明「そうだぞ、ちょっと待っておれ」


義純「むぅ…わかりもうした、しつれいいたす」


基頼「…はぁ…才はあるというに…」


義明「そう言うな基頼、余の子は全て素晴らしいものぞ!ふはははは!お主も子のひとりやふたり…」


基頼「兄者、そういうのはいい…はぁ、房総全土に触れを出し、扇谷上杉にも北条に備えるよう御内書を書いておきますね」


義明「応とも、頼んだぞ…いや、御内書は余がやる、お主は副状そえじょうを頼む。

 …おーい、義純、おるかぁ?」


 小弓公方足利家も動き出す。彼らの思惑は足利晴氏と千葉氏の降伏だが──房総の主とその一族は、どのような運命を辿るのか。



───────────────────────


 扇谷上杉当主、上杉朝定は河越城二の丸にて、敵味方の情報を精査、戦略と戦術を照らし合わせ、戦の流れを読んでいた。


 葛西城には、上田朝直がいる。頃合いになれば、西の河越城まで引く…と見せかけ、岩槻城に入る。

もし北条が罠を恐れて葛西城を攻めるのを躊躇えば、上田朝直が挑発して撤退する手筈だ。

 岩槻城には、太田資顕がいる。国府台合戦が起こるまで各所の後詰だが、むしろ今回の戦では岩槻城を中心に作戦を展開する重要拠点なので、攻城、防衛、長期戦、情報戦などあらゆる戦術の準備をさせている。特に舟を大量に運び込ませ、荒川周辺の作戦準備に力を入れている。

 蕨城には渋川義基。基本的には江戸城への備えだが、蕨城を渋川一族に任せ決戦の地下総へ向かう準備もさせる。

 難波田城には難波田憲重を。岩槻に次ぐ中継地点として通信基地化、有山砦と観音寺砦と連携し領内ネットワークの拠点になっている。

 萩野谷全隆には観音寺砦に入り、難波田の補助、有山砦の指揮も任せている。旗振り台や松明置き、槍置きにを付けさせたりして、情報拠点ごと移動も可能にしている。

 難波田定重には深大寺城に入らせ、ガチガチに守りを固めさせている。兵糧もバッチリ。

 太田資正は関戸城、守りなど固めず、数多の舟を用意して北条に相模侵攻を警戒させつつ、全速力で領内を駆け回れるように準備している。

 難波田広儀は松山城、東武蔵を睨みつつ、河越城の後詰として常に出撃の準備中。

 最後に河越城は私と上杉義勝に三戸義宣、二の丸と本丸をガチガチに固め、逆に三の丸からは物を二の丸に運んでいる。邪魔な建物を破壊までした。城下にこっそり、移動式の柵も用意している。


 以上が今の扇谷上杉の陣容だ。

 北条よ…いつでもかかってこい、全力で罠に嵌めてやる。



扇谷上杉兵力

河越城 3700

難波田城 2300

蕨城 2100

松山城 2000

岩槻城 2200

葛西城 900

深大寺城 800

関戸城 700

有山・観音寺砦 100・100

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