第2話 難波田憲重 同年同月29日
父である上杉朝興の葬儀は河越城南の
家督継承の宣言はすでに済んでおり、他に家督を狙う者もいない。よって家督継承の儀は葬儀の後喪に服してから執り行うこととなった。とはいっても、明日には河越に来れる有力家臣を
この書状を書こうとした時に気付いた、この時代の文字は現代とまるで違う。記憶が
そんなことより、早くやらねばならないことが山積みだ。早速河越城に戻ろう。
なぜ早急に家臣を呼ぶのか。それは父朝興が死んだことにより、史実では3ヶ月後の7月には河越城を北条氏綱らに落とされるからだ。これだけでも居城を失う大惨事だが、それを皮切りに家臣が寝返るのだ。河越城を失うと傘下の
というわけで家臣が来るまでにここ河越城を守る戦略を考えるとしよう。 河越城さえ守れれば、少なくともポンポン家臣は裏切らない。国衆のような半独立勢力は、軽々と
…コホン、話が脱線した。つまり、後3ヶ月で戦国時代きっての
そんなことを考えていると、小姓が部屋に呼びかけてきた。
「若様…いえ、殿」
「いかがしたか」
「松山城主、
「おお、丁度よいところだ、着いたら二の丸屋敷に、いや…三の丸屋敷でよいか、小座敷に呼んできてくれ」
「承知しました」
実は、彼だけ1日早く呼び出したのだ。本当はもう一人、
三の丸屋敷は二の丸屋敷ほど立派ではなく広間もないが、それ故少人数で会議するのに向いている。ちなみに本丸に天守閣は無い。
記憶が混濁してから改めて河越城を見ていた。この時代にしては充分な規模を湛える良い城だ。縄張りの改修や櫓の配置の変更、土塁の石垣化や周辺の砦群の構築等でより堅固には出来そうなのだが、流石に北条の侵攻までに城を改修したりする金や時間は無いか…。
しかし、この時代の武蔵は空気が澄んでいるな…うん、美味しい空気だ。まぁ、現代の首都圏と比べるのは様々な意味で良くはないか。
流石に屋敷の周辺には女中や奉公人が沢山いる。城や屋敷を幾つも持っている大名だ、当然といえば当然。
夕日も沈みかけ、そろそろ夜だ。長い葬儀で少し疲れた。葬儀とは意外と時間が掛かるものだな、現代の家族葬などではもっと一瞬で終わるのに…等と考えつつ三の丸屋敷に入った。小座敷の間にて難波田を待つことにしよう。
「只今参りました、難波田弾正でございます」
「よう来てくれた、礼を言うぞ、難波田殿。」
この時代にしては少し細身だが、立派な髭を湛えた無骨な武将がやってきた。現代人の感覚だと智将感は無いが、これでも文化人でもある。
何故"殿"付けで呼ぶかというと、まだこの時代は安土桃山時代や江戸時代と違い大名の権限は地域を治める家臣や国人衆など領主に行政能力を完全に
「此度のこと、亡き御屋形様が
「確かに残念なことだ、難波田殿。だがそれよりせねばならぬことがある、早々に話に入ろうか」
「ははっ…しかし、なにゆえ某をお呼びになられたので?」
「これからの扇谷上杉家のことなのだがな、取り敢えず北条について考えたいと思っておる」
「ほう…お若いのに立派に御座います、父君のように江戸城の奪還を狙うのですな」
「いや、違う」
江戸城奪還には問題がある。
1つ目は難易度の問題だ。今の江戸城にいる北条軍にはまるで隙が無い。攻めるなら他家と争って北条の兵力が分散している時、
2つ目は戦略の問題。このまま史実通りに行けば来年、天文7年に国府台合戦で
3つ目は…家中の問題だ。まだ若い当主の元、扇谷上杉全体が一丸となって行動することすら難しい。家中の
そもそも渋川氏は足利氏から鎌倉時代に分かれた御一門、さらに今の足利将軍家の元を辿ると
はぁ…なんでそんなめんどい血筋でめんどい城にいるの渋川さん…。
「な、ならばいかが致すのです」
「関戸城を──落とす」
関戸城は、現代でいう
ちなみに桝形城は落とせない。大山道に直結しており北条が死に物狂いで
自分の考えを難波田憲重に掻い摘んで伝えた。
「はーっ、御屋形がそのような策をお考えとは…」
「まだ家督継承の儀を済ませていないから
「これは失敬…」
なんかこの人忠臣っていうよりはちょっと抜けてるいい人だな。演技も下手そうだし裏切らなそう。
「つまるところ、喪が開け、家督継承の儀を終えた後、直ちに陣触れをし出陣、関戸城を落とすと…」
「そういうことよ、主力は私の本隊とお主ら難波田衆だ。挙兵は喜多院で行うこととしようか」
「河越城でなくともよいので?」
「ここからでは関戸までに時間がかかるからな、喜多院から出る」
「しかし、関戸を電光石火で落とした後どうなさるので?」
「河越や難波田の南に
「我が甥に居城を?」
「城主は難波田殿の息子でも構わぬが、ただ…確かまだ元服しておらぬのよな?」
「はっ、嫡男はそろそろ頃合いかと…」
「ならば丁度よいか、私の家督継承と同時に元服して貰おう」
「! …ありがたき幸せ」
「ちなみに関戸城も改修して太田資正に入ってもらう」
「なっ─
太田美濃守資正は
難波田憲重からすれば親戚と客分の取り立て。余りの高待遇に逆に慎重になった。しかし…しかし、今の扇谷上杉家の主な家臣は太田をはじめ
「お主は今や武蔵の中では太田と並び無類の領主じゃ、それに…」
「それに?」
「太田には役目があるからな」
「…というわけだ」
「殿の仰ることは分かり申した。しかし
「確たることは言えぬが…もし長引くか、御所が勝たばそれはそれで武蔵統一や相模侵攻がやりやすい。何なら氏綱、氏康父子、幻庵や綱成など北条党を皆討ち取って貰えば…一気に我等が北条の領地を頂けるだろう」
「御所はいかがなさるので?」
「北条もタダでは負けぬだろうが、我等は
「どう転んでも我等扇谷上杉の利になると」
「然り」
「はーっ、…この弾正、殿がここまでの
「まぁ、未だ13の若輩だからな、これから宜しく頼むぞ難波田殿」
「では、明日の
「無論じゃ─家中を取りまとめるのは私の役目、新たな当主に期待して参れ」
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