第33話 お泊まり会

――ピーンポーン


 玄関ドアをガチャリと開けると、引っ越し業者の格好をしたみくが立っていた。


「こんにちは! 引っ越し業者みくみくセンターです!」


「……はい?」



「なるほど、あきがそんなことをね」


「はい!」


 みくはあきから、このように言われたらしい。


『あっ、そういえばこの前、天音が部屋の模様替えをしたいって言ってたなぁ』


『えっ! ほんとですか!?』


『ほんとほんと~』


 それを聞いたみくは学校が休みの今日、こうして私の家まで来たのであった。


「というわけで天音先輩っ、みくが模様替えのお手伝いをさせてもらいます!」


「えっ、いや、でも……」


「どうぞご遠慮なく、このみくみくセンターにおまかせ下さい!」


「いや、あの、どうして引越し業者みたいな感じなの……?」


「なんかイメージが湧いたっていうか、うーん、ノリです!」


「そうなんだ……」


「それで天音先輩っ、何から移動させます?」


「ええっ、いや大丈夫だよ、私の部屋のことでみくに手伝わせるなんて――」


「心配ご無用です!」


 下を向いて、サッと手を前に出すみく。


「だって……みくがやりたいんですから。天音先輩のために何かしたいんです」


「みく……」


「ダメ…ですか……?」


「いや、ダメじゃないけど本当に手伝ってもらっていいの?」


「はい! もちろんです!」


「そ、そっか」


「おっしゃあ! そうと決まれば何からやりましょっかね~」


 みくが肩をブンブンと回している。


(すごく気合いが入ってる……)


 そうして私の部屋の模様替えは、見切り発車のように始まったのであった。



 みくが怪力であることを知っていても、ぎっしりと詰まっている本棚を担いだり、ベッドや勉強机を軽々と持ち上げるたびに、私は呆気に取られていた。


 それでも、家具の配置をガラリと変え、無事に部屋の模様替えを終えることが出来た。


「ふぅ、終わったぁ」


「ありがと~、みく。私一人じゃ、ここまで出来なかったから、すごく助かったよ」


「えへへっ。天音先輩に喜んでもらえて、みくも嬉しいです。えへへ、へへへ」


「あはは……な、なにかお礼しないとね」


「ええ……!? いやっ、全然お礼なんていいです! 天音先輩に喜んでもらえただけで十分だし、みくが勝手にやりたくてやったことなのでっ……」


「ふふっ」


「?」


「みくでも遠慮することってあるんだね」


「みくでも遠慮することだってありますぅー」


 子供のように頬を膨らませるみくを見て、私は再び、「ふふっ」と笑ってしまう。


「やっぱり遠慮してたんだ」


「あっ、いや……べ、別に遠慮なんてしてませんけど……? ただ同じように言ってみただけです。オウム返しってやつです」


「オウム返しにはなってなかったと思うけどな……まあ、とにかく遠慮なんかしなくてもいいからさ、私にお礼させてもらえないかな。何かない? 私に出来ることならなんでもいいよ」


「な、なんでも……!?」


「う、うん。出来る範囲で…だけど……」


「じゃあみく、天音先輩の家にお泊まりがしたいです!」


「お、お泊まり?」


「はい!」


「えっとぉ、それってつまり……」


「はい!」


「私の家でお泊まり会ってこと?」


「はい!」


「お、お泊まり会……」



 その後、私の母親とみくと私で食卓を囲み、二人が楽しそうに会話しているのを聞いたりしながら夜ご飯を食べ、それぞれお風呂に入り、横に並んで歯を磨き、寝る準備を済ませた。


 そして現在、私たちは模様替えされたばかりの部屋にいる。


「――というより、みく、事前に泊まる準備をしていたんだね……」


 ルームウェアを着ている私は、自分のベッドに座り、クッションを軽く抱きしめながら、みくに呟くように尋ねた。


 ちなみにベッドの近くに布団が敷かれており、みくは、ショートパンツとキャミソールがセットのルームウェアで、パーカーを羽織っている。


 突発的なお泊まり会であれば、私物を貸すことがよくあると思うが、みくはお泊まりグッズ的なものを持参していた。


 だからこそ、それも込みで私はそう聞いたのである。


「てっへへ。っていっても着替えと歯磨きセットぐらいですけどね。だってもし天音先輩のお家にお泊りすることになって、何も準備してなかったら大変じゃないですかっ。せっかくのチャンスを逃すのは嫌なので、念の為に用意してたんです。てへへ」


「そ、そうだったんだね」


「はいっ」


(まあ、じゃないとすぐにお泊りがしたいっていう提案はしないのかもね)


「きゃは~! 天音先輩のお家でお泊まり会が出来るなんて信じられないなあ~! ほんと夢みたいです!」


 足をばたつかせた後、みくはキラキラした目で話す。


「そ、そんなに……?」


「はい! みく、天音先輩ともっと仲良くなりたいって、ずっと思ってたので、すっごく嬉しいです!」


「……そっか」


 少し照れくさいがために、みくから目をそらしてしまう。


「はいっ、一歩前進です。えっへへ」


(なんだか今日のみく、無邪気な子供みたいで可愛いな。まあ、いつもは変な邪魔ばかりする怪力ロリの後輩って感じだからなぁ。それでも私のことを慕ってくれる可愛い後輩ではあるんだけどね)


 嬉しそうにしているみくを見ながら、私は心の中でそんなことを思っていた。



 それから数時間後の深夜――。


 天音の部屋は月明かりに照らされている。


(天音先輩、もう寝ちゃったかな)


 布団に横になっているみくは、ベッドで寝ている天音の方を見る。


 すると、


「んん~……早く返さないとぉ……」


 と、天音が寝言を言ったため、みくは反射的に体を少しだけ起こした。


「ん? 天音先輩?」


「ごめんなさいぃ……」


「寝言?」


 みくは布団から出て、四つん這いでベッドまで近づく。


「イケ……メン……」


「なんて言ってるんだろ。みくのことかな」


 そっとベッドに両手と片膝を乗せ、前かがみになり、耳を澄ます。


「彼氏……出来たらぁ……」


「ん~……あっち向いてるからよく聞こえないな」


 背を向けて寝ている天音に、さらに顔を近づける。


 だが、その瞬間、天音が突然、寝返りを打ったため、


「えっ、おわっ、あわわっ……」


 驚いたみくはバランスを崩し、仰向けで寝ている天音の顔に向かって倒れ込んでしまい、そのままお互いの口にぶつかった。


「っ……!?」


「んん……」


「っ……!!」


 天音がうっすらと目を開けたため、みくは驚いた猫のようにピョンッと飛び上がり、ベッドの上に着地した。


「あっ、あのあのっ、ごごごごめんなさい……! 寝込みを襲うとかそんなつもりなくて、そのっ……あ、天音先輩の寝言を聞こうとしたら、あのっ、天音先輩が寝返りをして顔が近くてびっくりしたら、みくがそのっ、バ、バランスを崩しちゃって気がついたらその、えっと、あのぉ……」


 あたふたと慌てふためきながら、みくは必死に身振り手振りで説明する。


「すぅ……」


「本当にごめんなさいっ……! ……って、あ、天音先……輩……?」


 頭を上げ、天音が寝息を立てていることに気がつくも、


「……」


 みくは、うつむき加減で座り込んでいた。



 翌日の早朝――。


「んん~……あれ……」


 寝返りを打つと、みくが寝ていた布団が綺麗に畳まれており、私はゆっくりと上半身を起こす。


「……みく……もう帰ったんだ」


 寝ぼけまなこでボソッと呟いてから、再び眠りについた。

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