第32話 償いデートとあきの助言

「ねえねえ、なつきっ、どっちが私に似合うかな」


 ショッピングモールの服屋にて、まこはお洒落な服を二着、両手に持ち、そばにいるなつきに見せた。


「どっちも似合うと思うよ」


「ほんとにぃ〜? てきとうに言ってないよね」


「言ってないよぉ。まこちゃんは何を着ても似合うんだよ。だって、とっても可愛いからね。ほんと、どこの誰よりも、いや世界で一番可愛いと思ってるよ」


「ねえ、なつき」


「うん?」


「そうやって褒めちぎって許されようと思ってない? 今まで好き放題やってきた浮気の数々を」


「あははぁ……さすがまこちゃんだね。なんでもお見通しだ」


「誰だってわかるって。まあそれにそんなわざとらしく褒めなくたっていいんだよ? 今日のデートで償ってもらってるんだから」


「でもさぁ、ほんとに荷物持ちだけでいいの?」


 なつきは紙袋等の荷物を両肩にかけ、さらに両手にもいっぱい持っている。


「ふーん? それだけじゃ足りないくらい浮気してきたってことを自覚してるんだ」


 まこは挑発的な表情で、なつきに詰め寄る。


「え、えへへ」


「……まあ、なつきじゃないとこんなに荷物を持たせられないし、私はなつきとデートが出来たから別にそれでいいの」


 まこは服を元の場所に戻しながら、やや恥ずかしそうに言う。


「そっか。ボクもまこちゃんとデートが出来て嬉しいよ。たとえ償いのデートだとしてもね」


「なーんかそれはそれで反省してることにはならない感じがして複雑なんだけどなぁ、こっちからしたら」


 店内を歩きながら会話する二人。


「ちゃんと反省してるよ? まこちゃんに寂しい思いをさせちゃったこと、ほんと、今度から気をつけないとね」


「はあ……これだからなつきは……ぜんっぜん浮気してきたことを反省しないんだから……ほんとに私のこと好きなのかな」


「そりゃあ一番好きだよ。それにボクが初めて恋をしたのは、まこちゃんなんだよ?」


「あぁ、だから幼稚園の頃に『ボクのお嫁さんになってよ』って言ったの?」


「ううん、違うよ」


「えっ?」


「それは、まこちゃんが可愛いかったからだよ。あの頃のボクって、可愛い子みんなに結婚しようとか、お嫁さんになってほしいなって言ってた気がするんだよね」


「ませガキだったってことね」


「うーん、おませな女の子ってのも案外言うのかもね」


「それはそうとして、それならいつ頃に私のことを好きになったの?」


「さあ、もう覚えてないなぁ」


「えぇー? ほんとにぃ〜?」


「うーん、思い出せないなぁ〜」


「ふーん? 私はちゃんと覚えてるんだけどなぁ〜? なつきのことを好きになったときのこと」


「えっ? 幼稚園の頃からじゃないの?」


「違うよ?」


「えっ?」


「まあ確かにお嫁さんになってって言われて、いいよって返事したけど、私にとってそれは、おままごとしてる感じだったもん。きっと他の子たちもそうなんじゃない? ほら、女の子っておままごとが好きな子、多いでしょ? 少なくとも私のまわりでも、よくおままごとをして遊んでたからさ」


「ふーん、そうだったんだ」


「なんかちょっと残念そうにしてるね」


「だってまこちゃんが、おままごとに思っていたって言うからさ? ボクはたくさんのお嫁さんをゲット出来たと思っていたんだけどなぁ~」


「どんな幼稚園児よ」


「まぁ、いっか。昔のことだしねぇ~。それでまこちゃんはいつボクのことを好きになったの?」


「えっ? うーん……教えなーい」


「ええ~? 教えてよぉ~」


「私も忘れちゃったのかもねぇ~」


「さっきは覚えてるって言ってたぁ~」


「あっ、そういえば、まだ行きたいお店があったんだ。ほら、なつき行くよー」


「あ~、話そらしたぁ。まこちゃんの意地悪~」


「ふふっ」


 なつきの前を歩くまこは小さく笑う。


――そう、本当ははっきりと覚えている。


 まるでヒーローのように格好良くて、無邪気に笑うなつきに恋したときのことを――。



 それは私がまだ小学生の時だった。


「なつきちゃんなんて変だよ!」


「そうだそうだっ、男の子みたいだからなつき君でいいじゃん!」


「違うもん……! なつきちゃんは、なつきちゃんだもん……!」


 まこは同学年の男子二人と対峙している。


「変なのー!」


「やーい! やーい!」


「変じゃ…ないもん……」


 涙ぐむまこが、うつむいたその時――。


「まこちゃんをいじめるなあー!」


「なつきちゃん……」


 まこが振り向いた時には、すでになつきは二人の男子たちに向かって駆け出しており、取っ組み合いのケンカが始まっていた。


 その後、三人はボロボロの姿で息を切らしている。


「はあ、はあ……もう行こうぜ……」


「いってぇ……」


 よろよろと歩き、立ち去る男子たち。


「なつきちゃんっ……」


 地面に腰を下ろし、自分の両手で体重を支えて座っているなつきに駆け寄るまこ。


「あぁ、まこちゃん。はあ、はあ……大丈夫……? ケガしてない……?」


「う、うん。まこは大丈夫だけど……」


「そっかっ、それなら良かった」


「なつきちゃんこそ大丈夫なの……? 痛くなかった……?」


「うんっ、全然平気だよ」


「全然平気そうには見えないよぉ……でもなつきちゃん……助けに来てくれてありがとう。ヒーローみたいで、とっても格好良かったよ」


「ううん、そんなことないよ。まこちゃんに心配されちゃうぐらいボコボコにやられちゃったしね。だからボク、もっと強くならないと。それなら、まこちゃんを安心させられるでしょ?」


「い、いいよ、そんなことしなくたって……」


「だって守りたいからさ。それぐらいボクは、まこちゃんのこと大好きだから――。」


 そう言って、なつきは屈託のない笑顔で笑った。


「えっ」


 突然の告白にも近いなつきの言葉に意表を突かれたまこは、驚きつつも、その頬は赤く染まっていた。



 なつきは呆れるほど浮気性だけど、あの頃の無邪気な笑顔は今も変わらない。


 不意にドキッとすることもある。


「だから許しちゃうのかな」


「んん? 何か言った?」


 隣でポツリと呟いたまこに、なつきが尋ねる。


「ううん」


「そっかっ」


「ふふっ」


 無邪気な笑顔を見せるなつきに、再びまこは小さく笑った。



「うーん……結局この前のダブルデート作戦は失敗しちゃったし、最近は邪魔しかしてないなぁ~……」


 みくは考え事をしながら廊下を歩いている。


「はあ……天音先輩と何も進展していない……みくはもっと仲良くなりたいのに……誰か…誰かいないかっ……! みくに助言を与えてくれる人……!」


 みくは何もない空中に、すがりつくように手を伸ばしていた。



「それで、わたしということになったんだね?」


「はい! よろしくお願いしゃしゃす!」


 2年生の教室前の廊下にて、みくはあきに対して勢いよく頭を下げる。


「ほほぉ~、なんとも元気じゃのぅ」


「はい! 元気だけが取り柄だと思ってます!」


「たぶんそれだけじゃないと思うなぁ~」


「それであきパイセン! あきパイセンなら天音先輩のことをよく知ってますよねっ? だからみくに助言をしてほしいんです! あきパイセンだけが頼りなんです!」


「ええ~? そうなのぉ? それじゃあ仕方ないなぁ」


 みくから懇願され、まんざらでもない様子のあき。


「えっ!? ほんとですかっ? ありがとうごじゃまあああすっ!」


 再び、勢いよく頭を下げるみく。


「うむ。それでみくちゃんは何が知りたいのかね?」


「はいっ、ここはシンプルに天音先輩の好きなものが知りたいです!」


「ああ、なるほどね。それはもう簡単だよ。みくちゃんもよく知ってると思うけどなぁ~?」


「えっ、なんですかっ? もしかしてここまできたら逆にみくとか――」


「イケメンじゃよ」


「だあああああ……!」


 みくは思い切りずっこけていく。


「ギャグアニメのようにずっこけたねぇ」


「あきパイセン……!?」


「あはは、ごめんごめん。本当のことだけど、それは冗談として。それにしても、みくちゃんはどうして天音の好きなものを知りたいの?」


「みく、天音先輩ともっと仲良くなりたいんです。それに天音先輩が彼氏とかいらないぐらい、みくのことを大好きになってくれたら嬉しいなって思ってて」


「ふむふむ」


「だからまずはもっと仲良くなるための第一歩として、天音先輩にプレゼントをしたいなって思ったんです。それで喜んでくれたら最高じゃないですかっ?」


「なるほどねぇ〜、プレゼントかぁ」


「はいっ、なにかありますかっ? 天音先輩の好きなもので喜んでくれるものっ」


「ん〜、天音って物を欲しがるタイプじゃないんだよねぇ、これがまた。必要最低限のものがあれば十分満足っていう感じだからなぁ」


「終わった……」


 みくは廊下で四つん這いになっている。


「絶望するの早いねぇ」


「くっ……これが万事休す――というやつなのかっ……」


「ちょいと待たれよ、そこの若者。あきらめるのはまだ早いというものぜよ」


「えっ」


「……みくちゃん。これは天音に限ったことじゃないかもしれないんだけどね、人って何か物を貰うより、何かしてくれた方が嬉しいって思うこともあるんじゃないかな?」


 四つん這いのままでいるみくに、しゃがんで語りかけているあき。


「何かした方が……嬉しい……」


 みくは、あきから聞いた言葉をポツリポツリと呟いた。

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