魔王様、家出する。

折原 一

魔王様、家出する。

「魔王様が消えたぞ!」

 とある魔族の住む国、その中心にある城の中で、大勢の魔族たちが慌てている。

「どこ探してもいないぞ!」

「終わってない仕事が山ほどあるのに!」

「いいから早く見つけて連れ戻せ!」

 魔王の部下たちはやっきになって、魔王様捜索に尽力していた。



 国の片隅。暗がりに出ているとある露店のおでん屋で、一人の魔王が酒を飲みながら愚痴っていた。

「てんちょ~……聞いてくれよ~。勇者がウザすぎるんだよ~~!」

「さいですか」

「なんなんあいつら! 勇者とか名乗って俺たちの努力をことごとくぶち壊しやがってさ! 一国の姫をさらうのにめちゃくちゃ苦労したのに、簡単に取り返すのよ! しかもあいつら俺の部下をばっさばっさと切り捨てやがって。人の心ないのか!」 

「めっちゃ強いからこっちもそれなりに作戦立てたんだよ! 孤立させてやったし、部下の中でもかなり強い魔族を送り出した。なのになんか奇跡だとか覚醒だとかで逆転しちゃうし! ふざけんな! こっちが何か月も前から準備してた作戦を、即興の奇跡でなんとかするな!」

「俺が直接倒しに行きたいけど、国の運営で離れられないし! それをいいことにいろんな場所で好き勝手やりやがって! もうあいつのせいで全部台無し! 人間界の侵略は上手くいかないわ、自国でも不安の声が上がるわ、てんやわんやで大忙しだ!」

 言い終わるやいなや、コップの酒を一気に飲み干した。

「店長! おかわり!」

「はいよ」

 ローブを椅子の背もたれにかけた魔王は、威厳もへったくれもなく、くたびれた様子でカウンターに突っ伏していた。

 そこに一人の男が、影の中から出現した。

「失礼します。魔王様」

「……ああ、お前か」

「はい、失礼ながらお迎えに上がりました」

 執事のような出で立ちの男、シュバルツは片手を胸に当て、優雅に礼をした。

「すまないな。手間かけさせて」

「いえ、魔王様の気苦労、お察しします。しかし、今は戦争中です。ただちにお戻りください」

「俺なんかいなくても国は回るだろ」

「そんなことありません! ……失礼。現に今も国中大混乱です。勇者の脅威にさらされる現状、魔王様がいないというだけで皆不安がってます」

 必死に状況を報告するシュバルツ。しかし、魔王の顔には依然覇気はなかった。

「……俺は本当に魔王なのか?」

「…………どうかされたのですか?」

 シュバルツは「失礼します」と言って隣の席につき、魔王のほうをまっすぐ見つめた。

「俺はただ、魔族の中で最も力が強いから魔王になった」

「ええ、皆憧れています」

「力を重要視する魔族としては、自然な考えだ。だが実際はどうだ? 国の運営に必要なのは賢さと手際のよさだ。俺は特別頭がいいわけでもないし、優秀なわけでもない。大事なことは部下にまかせっきり。唯一やってるのは侵略計画くらいで、それも上手くいってない」

「そんなことは―――」

「下手なお世辞はよせ。実際、俺の作戦はことごとく勇者たちに潰されるし、そのせいで民衆は不安がっている。だろ」

「…………」

 唇を噛むシュバルツ。魔王はため息を吐き、一言こぼした。

「魔王向いてないのかもな」

「そんなことはありません!!」

 席を立ち、シュバルツは強く否定する。

「確かに、勇者には苦戦を強いられています。しかし、それは我々部下の失態でもあるんです。魔王様だけの責任ではありません。仮に魔王様に知恵や技術が足りないというのであれば、それをサポートするのが我々の務めです」

 言葉を止めず、喋り続けるシュバルツ。

「魔王様だからこそ、皆ついてきたのです。かくいう私もそうです。あなたが賢いから、あなたが優秀だからではない。あなたに憧れたから。あなたのその圧倒的なカリスマ性があったからこそ、民は慕い、配下は仕えるのです」

「……本当か?」

「あなたじゃなきゃ駄目なんです。魔王様」

 シュバルツは地面に膝をつき、頭を下げる。その丁寧な所作には、確かな信頼と忠誠心が感じ取れた。

「シュバルツ様~!」

 遠くから声が聞こえる。見ると、慌てた様子で伝達係のガーゴイルが飛んできた。

「ああ! 魔王様もご一緒でちょうどいい!」

「どうした」

 シュバルツの問いに、伝達係は声を大にして答えた。

「取り急ぎお伝えします! 勇者が国内に攻め込んできました!」

「!」

「現在、城下町を進み魔王城に進行中のようです!」

「魔王様!」

「皆まで言うな。我に任せよ」

 そう言って立ち上がった魔王の顔はさっきまでとは違い、鋭く、恐ろしく、そして威厳のあるものだった。

「伝達係、勇者たちに伝えてこい」

「はい!」

「魔王城、玉座の間にて待つと。そして他の伝達係を総動員して、国中に伝えろ。一切手出しは無用。我が倒すと。もし手を出すようなら、力ずくでも止めろ」

「かしこまりました!」

 はばたいていく伝達係。

「魔王様、私は」

「魔王城の門の前で、勇者たちを出迎えろ。そのとき、他の奴らが手出しをしないように見張っておけ。もちろんお前もだぞ」

「勝てぬ戦いを仕掛けるほど、馬鹿じゃありません。死傷者が出ないように見張っておきます」

「それともう一つ。例のアレを用意しておけ」

「はい、必ずや」

 頭を下げたシュバルツは、そのまま影の中に沈んでいった。

「よし」

 椅子からローブを取り、それを羽織った魔王は、覚悟を決めて魔王城に向かった。


 魔王城、玉座の間。そこで魔王は座り、勇者たちを待っていた。

 部屋の扉が開く。礼をしたシュバルツに続き、勇者とその仲間たちがやってきた。

「魔王様、お連れしました」

「うむ、下がってよいぞ」

 影に沈むシュバルツ。そして勇者たちは剣を抜き、魔王に相対した。

「お前が魔王だな」

「初対面で敬語も使えないとは。育ちが知れるぞ、勇者」

「ふざけるな! 故郷を焼き払ったお前に払う敬意などない!」

 不敵に笑う魔王は、椅子に座ったまま話を続ける。

「まぁ待て。我は別に積極的に殺し合いがしたいわけではない」

「なに?」

「どうだ勇者よ。世界の半分が欲しくないか?」

 眉をひそめる勇者。

「我は領土を広げることができる。貴様は平和に人間どもと暮らせばよい。素晴らしい提案じゃないか?」

「散々人を殺してきた、お前の言うことを信じろと?」

「貴様だって殺してきたじゃないか。我が同胞たちを」

 拮抗する視線。しばしの沈黙のあと、魔王が口を開いた。

「やはり、戦うことでしか終わりはないのか」

「当たり前だ! お前が始めた戦いだろ!」

「……そうだな。魔王らしく」

 玉座から立ち上がった魔王は、勇者たちに手をかざす。

「貴様らを蹂躙してやる。覚悟するといい」



「うわああああああ!」

 致命的な一撃を喰らった勇者は、地に伏した。

「やっと沈んだか、苦労させおって」

 勇者の横に並んでいた僧侶や姫たちに視線を移す。

「次は貴様らの番だ」

 まずは回復役である僧侶に、魔法の一撃を放つ。

 そして魔法使い、戦士など、次々と勇者の仲間たちに一撃を入れていった。地に伏せ、苦しむ仲間たち。

「やめろ……やめてくれ!」

 叫ぶ勇者。しかし、魔王は一人ずつ倒していく。

 最後に残った姫に、手をかざす。

「お前の策略には散々苦しめられたからな。魔力も残り少ないが、お前だけは確実に殺してやろう」

 右手に火の玉を作り、徐々に大きくしていく。姫はすでに足を怪我しており、避けることはできない。

「くたばれ」

 魔王が一撃を入れようとしたその時、

「やめろーーーーーー!!!!」

 声が響く。それと同時に、部屋中の空気が震えた。見ると、体中から光を放ちながら、勇者は立ち上がっていた。

「俺の仲間に、手を出すな!!!!!!」

 言葉と共に、圧倒的な覇気を魔王に向ける勇者。その様子は部屋に入った時とは違い、明らかに戦闘力が増していた。

「あっ、あれは確か……昔から伝わる伝説の、勇者だけが使える奇跡!」

「頼むぜ勇者! オレたちの未来を切り開いてくれ!」

「頑張って勇者! あなたならいけるわ!」

 仲間たちの声援に、さらに強くなる光。

「クソッ、まだ立ち上がるか勇者!」

「俺は絶対、諦めない!」

 剣を構えると、力を貯めだした。

「はああああああああ!!!!」

 勇者を中心に風が起こる。剣に力が集まっていく。

「これで終わりだ。必殺!」

「今だシュバルツ!」

 魔王が叫んだ瞬間、柱の影からシュバルツが出現し、宝玉を掲げた。すると、勇者の光が体から離れていき、宝玉の中に吸い込まれていく。

「な⁉」

 驚く勇者。その隙に魔王は左手から斬撃の魔法を放ち、勇者の片足を切り落とした。

「ぐあああああああ!!!」

 剣を落とし、再び倒れる勇者。両手で傷口を抑えるが、血しぶきは止まらない。

「悪いな、奇跡はすでに対策済みだ」

「お、お前……影の中に部下を隠してたのか!」

「そうだ、お前らが部屋に入ってきたときからな。シュバルツ」

「はっ」

シュバルツは魔王の横に行くと、その手に触れて魔力を送り込む。それと同時に魔王の火球も大きくなっていく。

魔力のほとんどを託したシュバルツは、顔色を悪くして膝をついた。

「ありがとう。これで確実に殺せそうだ」

「ありがたきお言葉」

礼をしたシュバルツは、笑顔で影の中に沈んでいった。

見ていた勇者は声を上げる。

「そんな……卑怯だぞ!」

「何?」

「配下を潜ませて不意打ちだなんて、お前はそれでも魔王か!」

ピクっと、魔王の眉が動く。

「もう一度言ってみろ」

「何度でも言ってやる! 配下の不意打ちに任せて、正々堂々と戦おうとしない卑怯者! お前こそがこの世界の悪そのものだ!!」

「ふざけるな!!!!!!!」

 初めて、魔王が威厳を崩し、大声で叫んだ。

「卑怯? 卑怯だと⁉ ならお前らはなんだ! 集団でよってたかって俺一人を攻撃してきて卑怯じゃないとでも? 今まで魔族を迫害して、領土を奪い隅に追いやった人間たちは卑怯じゃないとでも? ふざけるなよ!! 正義の名の元に行えば何でも正当化できると思っているのか!」

魔王が右手を握り締め、手のひらに貯めていた火球が散る。

「いいか! 戦いにおいて策を講じるなど当たり前のことだ! 負けたら死ぬのに準備や努力をしないやつがいるか! なのにお前らは何度も何度も奇跡などというなんの努力も計算もない理不尽で、俺の計画を潰し、同胞たちを蹂躙した!」

「……お前も大勢殺しただろ!」

「そうだ! 確かに俺は多くの人間を殺してきた。しかしそれでも言い訳はせず、自らを悪だと認めてきた。お前らはどうだ? 正義などという陳腐な言い訳を使い、自分たちの行動を正当化してきただろ! 正義を語りながら虐殺を繰り返し、自らの悪を認めない。そんなお前らに、俺を悪者呼ばわりする権利はない! お前ら人間のほうがよっぽど悪辣だ!!!」

「今さら……被害者面するな! お前は一体何様のつもりだ!」

「悪の魔王だ!!! 文句あるか!!!」

息を切らす魔王。お互いに黙り、静寂が広がる。

しばらくして魔王は、我に返ったのか口調を戻し、勇者に話しかける。

「まぁなんにせよ、死ねば文句も言えまい」

再び右手に炎を貯めて、打ち出す準備をする。勇者たちはもはや、逃げることすらできないほどに疲弊していた。

「所詮貴様らは、奇跡などという神のおこぼれに預かった凡人に過ぎない。さらばだ、愚かなる人間ども」

放たれた大きな火球が、勇者たちを飲み込む。苦しみの断末魔を上げながら、彼らは全滅した。



炎が弱まり、焼死体が露わになってきた頃、魔王はシュバルツに声をかけた。

「シュバルツ」

「はっ」

影から出てきたシュバルツに、魔王は命令した。

「こいつらを埋めてやれ」

「……わざわざ埋めるのですか? 憎き勇者を倒したのですから、見せしめのためにも磔にしたほうがよろしいかと」

「俺も最初はそう考えていた。しかし、この我を追い詰めた実力者でもある。丁重に葬ってやれ」

「かしこまりました」



それから七日ほどの月日が経った。

勇者の死は驚くほどのスピードで全世界に知れ渡り、信じないものもいたが、魔王軍の侵攻がそれを否定した。

「すばらしい」

魔王は人類への侵略結果に、一人満足していた。

「邪魔だ邪魔だとは思っていたが、まさか勇者がいなくなるだけでここまでスムーズになるとは。前の五倍のスピードで侵略が進んでいる……すばらしい! 国の運営もうまくいっている。国民の不安を徐々に減ってきている。言うことなしだ」

ハハハハハ!と一人高笑いをしていると、ドアを強くノックする音がした。

「いいぞ、入れ」

魔王の声とほぼ同時にドアが開き、あわただしい様子のシュバルツが入ってきた。

「お前か。どうしたそんなに慌てて、らしくない」

走ってきたのか、シュバルツはしばし息を切らしていたが、息が整い次第すぐに口を開いた。

「魔王様! 突然申し訳ございません! 緊急の要件です!」

シュバルツの剣幕は尋常ではなかった。魔王は落ち着いて聞き返す。

「何があった」

「取り急ぎお伝えします。勇者が……蘇りました!」

「…………ハァ?」

「なにやら人々の祈りが届き、奇跡的に復活したそうです。墓地を確認したところ、勇者一行全員分の死体が消えていました!」

「……あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

頭を抑え、うずくまる魔王。

「……魔王様?」

「すまないシュバルツ。またしばらく家出する!」

「待って! 魔王様!」

窓を開けて、飛び立つ魔王。シュバルツはそれを必死に追いかける。

どうやら魔王の悩みは、まだまだ続くようだ。

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