8月28日10時20分:警官①
人気のない林道を、高速で通過する1台の自転車。またがっているのは近隣の交番に勤務する権田敬一郎巡査である。
たまたまこのあたりをパトロールしていたら、近くの土佐昭和駅に急行するように指示が入った。なんとなく、めんどくさそうな予感がするが、気付かないふりをして自転車で風を切る心地よさに神経を集中させる。自転車は良い。右にハンドルを切れば右に曲がるし、左に切れば左に曲がる。ブレーキをかければ止まる。自分の思うがままに動いてくれる自転車は、常人には理解の及ばないことが多すぎる人間社会において、一定の安心感を与えてくれる。
出身は大阪の西成、そのまま地元で警官としてのキャリアを積んでいたが、あまりに変な奴が多すぎる都会に嫌気がさして平和そうな四国に引っ越した。しかし、結局面倒な人間というのはどこに行ってもいるもので……職業柄、そういう連中と真正面から対峙しなければならないのも辛い。
なんてことを考えてる間に到着した。「複数の乗客や運転士から暴行を受けた」という旨の通報だが、常識的に考えて、運転士が乗客に対して暴力をふるうとは思えない。通報した人間が大げさに騒ぎ立てているのだろう。めんどくさそ~。
うわ、なんか叫んでんの聞こえるわ。もう声質からしてめんどくさそうやわ。長年やってると聞き分けられるようになるのよ。めんどくさい奴特有の声質を。
「あっ!警察さん!こっちです!こっちですよお!」
一目見てわかる不潔な風貌の男、彼が呼んでいるのは自分ではないと思いたいが、悲しいかな、ここに警察官という肩書を持つ人間は我々しかいない。
とはいえ、通報者の話は聞かねばなるまい。
「通報いただいた方ですね……どうしましたか……」
「いやあね!ここの人たちがね!暴行!私に暴力をしてくるんですわ!」
「はあ…具体的にはどのような…」
「腕を強くつかまれて!無理やり引っ張られて!もう私は恐怖を感じましたよ!」
「なるほど…」
「あなたが列車内で暴れるのがいけないんでしょう!他のお客様にも迷惑ですよ!」
見かねた乗客の一人が口をはさみ、何人かの乗客が控えめに首を縦に振る。
めんどくさいなあ。
まあ、思っていた通り大した話ではなさそうだ。乗客同士でなんらかのトラブルがあって、それがヒートアップしてうっかり通報しちゃったパターンか。
う~ん事件化の必要なし!説諭説諭!さっさと片づけて帰るで!
「うーん、そんじゃとりあえず周りにいたほかの乗客の方のお話も伺いますんで~。そんじゃ、そちらの方、どんな感じだったかお聞かせ願えますか?」
我ながら、なんと雑な質問だろうか。眠いな~暑いな~クーラーのきいた交番に帰りたいぜ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます