8月28日10時12分:乗客⑥
信じられない。土佐昭和駅に停車してから約15分、暴れん坊二人組は驚異的な粘りを見せ、尚も車内に留まり電車の正常な運行を妨げ続けていた。
「いい加減にしてくれませんか?」と乗客の一人が立ち上がったのが5分ほど前のことで、「まさか三人目の変な奴か⁉」と驚く塩野を尻目に、その男性客は極めて常識的な手段で、つまり「他の乗客が迷惑してるから喧嘩は電車を降りてから二人でやっててくれないか」と諭すことによって問題を解決しようとした。
それでも二人は降りません。
やがて、この「諭しニキ」に呼応するように、さらに数人の男性客が立ち上がり、半ば力技によって二人を電車から引きずり出さんとするフェーズに移行した。
今や男性客で着席しているのは、塩野の他には斜め前の白髪の老紳士だけである。俺も止めに行った方がいいのかなあ。でもまあまだ16歳だもんな、まだ大人の庇護を受けてしかるべき年齢であるはずだ。せっかく八木さんとのデートのために気合入れてセットした髪が崩れたら嫌だし。その代わり、あなた方の雄姿はしっかりと記録して見せますよ──
「頼むから降りてくださいって!」
「抵抗しないでください!」
乗客たちは二手に分かれ、メガネ男に二人、おっさんには二人+運転士が立ち向かっている。
しかし、前方ではメガネ男が
「離せよ!!」と罵声を上げながら無理やり運転士の手を振りほどかんと暴れ、
後方には
「痛っ、暴行だ!!皆さ~ん!運転士さんに暴力を振るわれました!」と叫んで周囲をけん制するおっさんの姿。
若さを武器に全力で抵抗するメガネ男と、ふてぶてしさを生かしてかく乱するおっさん、依然あきらめる姿を見せない両者に、制圧部隊はかなりてこずっているらしい。
いったい何が彼らをここまで駆り立てるのだろうか。
スマホにはまたも八木さんからのメッセージ。
先ほどからその頻度が徐々に増えてきている。文面からも少し焦りが感じられる。
まったく、そんなに俺に会いたいんですか?かわいいかよ~!
スマホ画面の上部からひょっこり現れる通知画面をうまく捕まえて長押しして、動画撮影を継続しながらメッセージに返信する。
『なんか膠着状態って感じです 早く八木さんに会いたいのに~』
彼女と過ごせるはずの時間がこの珍妙な連中に削り取られるのはそこそこ腹が立つ。
もう取れ高は十分。話の種にはもう困らないだろうからそろそろ終わってくれないかしら。
なんとも自分勝手な考えだなと塩野は内心で苦笑する。
いやまあ、一番自分勝手なのはあいつらなんだけどさ。
塩野はスマホを左右にゆっくりと動かし、荒れ狂う二人の男たちを画面越しに眺めた。
「離せって!!」
「暴力反対!!」
自分勝手な大人たちは、未だに元気いっぱいらしい。
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