8月28日10時05分:逃亡者⑨
「どいつもこいつも鬱陶しいんだよ!!」
耳を引き裂かんばかりの中年男の咆哮が響く。
「うるせえな!!!」
考えると同時に、川瀬の舌が回転する。罵詈雑言の吐き出し方もわかってきた。思ってもない悪態をいちいち考えながら叫ぶと意識がそちらへ向かってしまい、うまく立ち回れなくなるし、脳が疲れる。大切なのは、心に浮かんでは消えていく小さな負の感情の泡沫をとらえ、それを即座に腹に、喉に、舌に装填して射出することだ。
「列車内では……静かにお待ちください……」
運転士が何やら口をパクパクさせている。しめた、早くも戦意を喪失しているらしい。
「よっしゃあ!!」
もう一度、窓を強打しておく。
おっさんはというと、
「うがあああ!!」
全力疾走で電車の中を左右に往復している。もちろん電車の横幅なんて中年男の短めな足でも3~4歩程度であるから、超短距離のシャトルランを見せられている感覚になる。
「もう怒った!!お前ら全員ひっくり返してやる!」
クソ!なんて自由な発想なんだ!負けた!この中年男、電車を左右に揺らして車両を横転させようとしてるんだ!できるわけないのに!どこまでヤバいやつになれば気が済むんだ!
流石に乗客たちもドン引きを隠さなくなってきた。中年男よりは川瀬の方が相対的にマシと判断したのか、車内前方に人が集まる。
「頭おかしいんかお前ええ!!」
思わず川瀬も叫んでしまう。どの口が、と言うもう一人の自分を何とか抑え込みながら。
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