8月28日9時55分:乗客④
「うるせえよ!!」
おっさんのどすのきいたガラガラ声とは違う、若さを感じさせるよく響く声。
咄嗟に顔を上げた藤野の目に飛び込んできたのは、椅子にふんぞり返るおっさんと、そして、その隣で立ち上がった二人目の男の姿だった。いかつい形相で、決意のこもったようなまなざしで、おっさんを見つめている。
まさか、この人が今の大声を?
「いい加減にしやがれこの野郎!!!」
信じられない。新たな闖入者は、さっきまでおっさんの隣の席にこの世の終わりみたいな表情で座っていたあの眼鏡をかけた男性だ。この短い期間でどうやったらそんな進化を遂げられるんだよ!
周りの客も皆、突然頬を殴られたようなあっけにとられた表情をしている。
『お、お客様?危ないですから座ってお待ちくだ──』
「黙れ!!」
困惑気味に制止を試みた運転士にも、メガネ男は鬼の剣幕で反駁した。
なんでこんなのが同じ車両に二人もいんだよ!ヤバい奴密度が濃すぎる!
「なんだア?急に出てきてわけわかんねこと抜かしてんじゃねえ!」
まさかおっさんの口から正論が聞けるとは。
「うるせえよ!どういうつもりだ!」
「そっちこそなにがしてえんだよ!」
『おやめください!』
おっさんと、メガネ男、不運にも巻き込まれた運転士、三者は、互いに目を合わせることなく言い争っていた。
『まもなく、土佐昭和、土佐昭和です。』
ピンポーンと場違いに間抜けな音がして、自動音声が再生される。電車が緩やかに減速し、やがて土佐昭和駅の小さなホームに停車した。
変なおっさんに始まった戦いは、新たな局面を迎えていた。
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