8月28日9時50分:逃亡者④
平日の昼間、予土線沿線の小さな駅、十川駅には平和そのものとさえ言えそうな穏やかな空気が流れていた。その中に一人異彩を放つのは、しわだらけに乱れたワイシャツに身を包み、汗を流しながら息を切らしている男、川瀬健人であった。
例の寺だか神社だかわからん謎の廃屋から走ること15分あまり、地図アプリを頼りにこのこの十川駅にたどり着いた。アジトのある土佐大正駅から間に2駅ほど挟んで愛媛側にある駅である。例に漏れず、ここも無人駅である。
「はぁ…はぁ…」なんかノリでダッシュしてここまで来てしまったはいいものの、組織の「計画」を止めるための具体的な方策があるわけではない。
誰もいない駅のホームで、川瀬は息を切らしながら呆然と立ち尽くす。
ふと、遠くから小さくゴトゴトと音が聞こえることに気付いた。何の音だろう。この音は、そう、まるで、四国の鉄道会社の赤字を象徴するかのような音、少数の乗客を乗せた一両編成の小さな車両が線路の上を走る時のような軽い音……。
「この電車は!」
音はずんずん大きくなりやがて姿を見せたその車両には、「窪川」の表示。
腕時計に目をやると、時刻は9時50分。
この時間にこの駅に停まる、窪川行きの電車!これは、もしかして、「あの」電車じゃないか?いや、疑問符をつけるまでもない、次にここに来る電車は5時間後、田舎のスカスカ時刻表事情を鑑みれば、間違いない、あの電車だ。10時07分に土佐大正駅に到着予定で、オズワルドが乗っていて、これから恐るべきテロ行為の餌食となる予定の、あの電車だ!
疑惑が確信に変わったその瞬間、川瀬の目の前に一両編成の小さな車体が停まった。考えるより先に体が動き出す。ズカズカと乗り込んで、ペラペラの整理券を手に取る。
川瀬の背後からガチャガチャとぎこちない音が聞こえる。扉が閉まった。出発だ。
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