8月28日9時34分:逃亡者③

アラームの音で目が覚める。途端に、汗でぐっしょりと濡れた服の不快な感触と、埃のにおいが川瀬の脳に流れ込む。9時を待っている間に寝ていたらしい。こんな大事な時にまさか寝るまいと思っていたが、念のためアラームを設定しておいてよかった。川瀬は自分の肝の据わりっぷりに内心苦笑しながら、半分寝ぼけた頭で、電車の運行情報を検索する。

「予土線 平常運転」

嘘だろ!?

いや、そんなはずは。反映が遅れているのか?でも予告した時間をもう30分は過ぎてるんだぞ⁉

川瀬は忙しなく何度も画面を操作し、リロードを繰り返す。意味がないことを薄々知りながら、端末の横のボタンを押して再起動も試してみる。

土佐大正駅の情報も調べてみるが、予想していた「特別警戒を実施中」といったたぐいの情報も一切出てこない。

ダメだ。どういう理由かは分からないが、爆破予告が効いていない。なぜ?何がいけなかった?いや、理由はあとで考えればいいな。クソ!

まずい。あと30分で計画は実行される。このまま計画が実行されればどうなる?計画の成功を受けて米国本部から拠出されるであろう支援金は、おそらく上層部、具体的には支部長の吉永や係長を始めとしたおっさんたちに独占されるであろう。俺は何か月も見てきたのだ!組織の資源が、昨日までの俺のようなヒラ構成員にまで還元されたことは一度だってなかった!頑張ったヒラ構成員には何も還元せず、吉永ら上層部だけでテロお疲れ様焼肉パーティが開催されるかもしれない!ああ猛烈に腹が立ってきた!肉食って満面の笑みを浮かべてるあのカタカナ語多用アメリカかぶれ野郎の顔を想像したら猛烈に腹が立ってきた!うおおやるぞ!復讐を、果たすんだ!あいつに泣きべそかかせてやる!

川瀬は廃屋の扉をあけ放ち、外へ飛び出した。室内の蒸し暑さから解放され、全身が爽快感に包まれた。だが、それを味わう余裕もなく、川瀬は全力で走り出した。

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