8月28日7時27分:職員②
JL四国サービス相談室。そこで働く社員たちは昼夜、各種の問い合わせやトラブルに見舞われた乗客、あるいは悪質なクレーマーからのメールや電話への対応に忙殺されている。利用者が少ない田舎の路線であっても、いや、だからこそ、暇なクレーマーは多いしそれに対応する人手は足りていない。酒井真一はそんな相談窓口の室長として、日々責任感をもって誠心誠意相談への対応に尽力していた。そんな実直な仕事ぶりを見せる酒井室長のもとに、電話対応をしていた部下が慌ててやってくる。何事だろうか。
「部長、大変です!今…電話で、その、爆破予告です!」
「なにっ」よもや、本当に来るとは。
「詳しく教えてくれ」
「は、はい…先ほど若い男の声で電話があり、本日の9時以降の予土線全線を停止しないと、列車内で爆弾を起爆すると…」
「わかった。この件は私が担当する。本社や土佐大正駅には私から連絡しておく。録音データを渡してくれ。そしたら後は通常業務へ戻っていい」
「あっそうでした!土佐大正です!土佐大正駅に爆弾を仕掛けたと言っていました…って、なんでそれを?」
「えっ、ああ、お前が自分で言ってたぞ、土佐大正駅だな。わかった」
「そうでしたっけ?まあいいや。すぐにデータを取ってきます!」
部下は首をかしげながら小走りで自分の席へ戻っていった。危ない危ない。
酒井はポケットの中に右手を伸ばした。しわだらけの長方形の紙の質感を確認する。すでに受け取ってしまった以上は、この件にどう対応しようと、五千円は自分のものだ。だが、自分の仕事や通勤ルートをなぜか今朝のあの男が知っていたのが気になる。それに何より、自分は真面目で勤勉な労働者なのだ。与えられた報酬に対する仕事はきちんとこなさなければならない。
部下がレコーダーを持ってくる。ポケットから抜かれた酒井の右手は、レコーダーの「音声記録をすべて削除」のボタンに迷わず伸びていく。ぽちり、と小さな音がする。謹厳実直の仕事人、酒井真一は、本日も誠心誠意、与えられた職務を遂行する。
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