8月28日6時15分:職員①
いつも通りに家を出て職場へまっすぐ向かっていた酒井真一にとって、それは全くの予想外の出来事だった。家を出て10分ほどが経ったとき、駅の手前の人通りの少ない道で見知らぬ男に話しかけられた。小太りで人のよさそうな笑顔を見せるその男が酒井の横を歩きながら語った内容は、「今日、予土線の土佐大正駅を通る路線を運休するように要求する電話やメールが届くかもしれない。が、運休の必要はないのでもしそういった連絡があればそちらで抹消しておいてほしい」……とまあ、こんな感じだ。なんとも珍妙な声掛けである。しかし、その口ぶりから察するに、どうやら酒井が勤め先でどういった役職にいるのかを分かったうえで、酒井の通勤コースに現れて声をかけたらしい。その情報収集能力は侮れない。
「大の大人がなんのいたずらですか。よしてください」と酒井が何度も突っぱねながら早足で歩いても、男も歩みを速めてしつこく「お願いします。お願いします」と食い下がってくる。
駅に着く直前になって、男は「これでどうか、お願いします。もし何も起こらなくても、そのまま受け取ってくれてかまいませんから」と言いながら、手に何かを握らせてきた。
「それでは、頼みますよ!」と言い残して去っていく男の背から、自分の手の中へ視線を落とすと、そこにはくしゃくしゃになった五千円札があった。え、渋くない?ふつうこういうのってもうちょと景気良くいかない?酒井は何とも言えない思いで五千円札をポケットへ無造作に突っ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます