第32話 上級者向けラブホ

 もちろん、俺の答えは『イエス』だ。

 断る理由なんてどこにもない。

 だが、どうせヤるのなら撮影込みだ。仕事と両立しておけば動画のネタも増えて一石二鳥だ。

 ストックはひとつでも多い方がいいのだ。


 倉片さんもそのことには同意してくれた。

 しかも久しぶりのラブホへ行くことになった。


 しかし、織田の件が……いや、警察に任せよう。きっと見つけてくれるはずさ。


 伊勢崎さんに許可をもらい、俺と倉片さんは出かけることに。

 再び外へ向かう。


 少し寒々しい空気の夜の道を歩く。幸い、街灯や建物の明かりで暗闇はほぼない。裏道へ迷い込まなければ心配ない。


 ナビを頼りに新たなラブホへ向かう。

 今夜ははじめて入るホテルだ。


「ちょっと距離があるんだね」


 俺のスマホの地図に視線を落とす倉片さん。画面には『3.4km先』と書かれている。思ったより遠い。


 到着する前に疲れてしまうので、俺はタクシーを呼んだ。

 都内は24時間営業で助かるぜ。


 しばらくすると天井にトップランプのついた車が目の前に停まった。

 運転手は眠そうな顔のジイさんだった。

 後部座席に乗り込み、指定のホテルへ向かってもらった。



 数分後、目的地に到着。

 ホテルというよりはビルに近い。というか、ほぼビルだ。しかもビルといっても雑居ざっきょビルのたぐいである。


 ――これがホテル?


 一見すると、それはホテルには見えなかった。

 怪しい金融機関が入っていてもおかしくない、そういうボロビル。こんなところに“マニアック”向けのラブホが入っているようだ。


「ここらしい」

「な、なんか怖いね……雰囲気が」


 お化け屋敷みたいな空気感に倉片さんは、少しおびえた。確かに、ちょっと不気味だ。戦慄迷宮せんりつめいきゅうですって言われたら一発で信じちゃうね。


 だが、親切なことにラブホであることを表す電飾看板光るボードが立てられていた。割と目立つところに『サディスト』とあった。

 はて……サディストとは何かの隠語だろうか。

 聞きなれない言葉だ。


 とにもかくにも受付へ向かった。


 怪しげな階段を上がると、その先には宝くじ売り場のような受け付けがあった。

 強化ガラスの向こうには気の強そうなオバちゃんが座って、キセルを吹かしていた。……し、しぶすぎだろう。



「あ、あの。利用したいんですが」

「料金は時間問わず8,000円固定だからね。朝9時にはチェックアウトしてもらうよ」

「分かりました」


 料金前払いで支払いを済ませた。

 部屋のカギを貰い、向かおうとするとオバちゃんに呼び止められた。


「道具は自由に使っていいよ。たくさんあるからね~、ヒッヒヒ」


 と、魔女のように笑うオバちゃん。怖いって。


 ひょっとしたら、とんでもないラブホに来てしまったかもしれないな。


 階段を上がって指定の部屋へ向かう。

 扉の前に来て、俺はカギを開けた。



 ギィィっと妙に古びた音がひびく。



 中へ入ると、そこには――。




「え…………」




 驚きの声を上げたのは倉片さんだった。いや、俺も続いて驚いた。



 な、なんだこの部屋あああああああ!



 そこには三角木馬があった。あとロープやらロウソク、むちまであった。その他、チェーンやら多種多様な拘束具……口枷くちかせ、首輪、手枷てかせ足枷あしかせ十字型枷じゅうじがたかせ、目隠しに大人のオモチャ。

 そして、お嬢様の衣装など、明らかに『SM』を想起させるセットがズラリと置かれていた。



「ここ、SM専門店だったのかよ!」

「わぁ……わたし、SMとか初めて見たよ。こんな風なんだね」



 こういうプレイが好きな人にはたまらんのだろうが、俺はあんまりそういう趣味はないのだが。しかし、入ってしまった以上は仕方ないか……?

 料金も先払いで払ってしまったし。

 この際だ。

 SMプレイをカメラに収めるのもいいだろうか。



「倉片さん……!」

「は、はいっ」



 俺がつい力んで呼んだものだから、倉片さんは背筋を伸ばしていた。



「今日はお嬢様として、俺を思いっきりいじめてくれっ……」

「え……ええッ!? で、でもぉ」


 倉片さんは、はじめての事態に困惑している。けれど興味はあるらしく、やってみると意気込んだ。


 マジか!


 じゃあ、俺も今日ばかりは『変態ドM』になってやるさ!


 でも、倉片さんを縛ったりしてみたい気もする。縛られるのが好きという女の子も実際いるようだからな。


 まあいい、たまには倉片さんから攻めてもらおう。毎回俺ばかりもつまらないからな。

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