第30話 救いの手

 1億円。いくらなんでも多すぎるし、銀行からそんなに借りれるはずがない。不可能だ。でも、なにかの事情によって背負わされた可能性があるな。

 もしそうなら、事件に巻き込まれたということも……?


「1億円って尋常じんじょうじゃないだろ。よければ内訳を教えてくれないか?」

「う、うん」


 倉片さんは居心地悪そうに、けれど素直すなおに借金の詳細を教えてくれた。


 まず、銀行から借りた金はそれほどではないらしい。創業融資額は300万円のようだ。それが大体の相場だとか。


 いや、まてまて。

 1億円には程遠いぞ。


 どうしたら、そんな金額に膨れ上がるんだよ?


 続きを話してもらうと、借りたテナントや内装費などで悪徳業者に“だまされて”1,000万円掛かってしまったらしい。

 しかし、立ち止まるわけにはいかない倉片さんはお店をオープン。だが、当時まだまだヒヨっ子である彼女は、経営のなんたるかも分からず続け人件費がかさんだ。

 テナントの家賃も都内なので30万円と高額。半年続いたようなので、その時点で180万円。

 人件費やら何やらいろいろ掛かって400万円。


 この時点で約2,000万円。

 それでも1億円には届かない。


 じゃあ、残りの8,000万円はなんだ……?



「今のところ1億円には届いてないけど」

「投資とかいろいろ勧誘を受けてね……。それが詐欺さぎだったことに後で気づいた」


 なんてこった。投資詐欺ってところか。

 つまり、騙された額が多いというわけか。今流行りの闇バイトにやられたようだ。もちろん、倉片さんは警察に被害届を提出済みのようだ。だが、犯人が捕まる様子がなく借金だけが残った状態らしい。


 まさか地面師詐欺みたいなことをされたんじゃなかろうな。


 でなければ個人で1億円はあまりに被害がデカすぎる。



「任意整理とか自己再生、自己破産とか出来ないのか? 民事再生とか事業再生とかあると思うけど」



 可能な限りの救済方法を俺は提案ていあんした。だが、倉片さんの様子は変わらない。以前暗いままで、ため息すら吐いていた。


「当時は知識がなかったの。それに、自己破産しちゃうと大きな制限がね……」

「けど、1億じゃ仕方ないだろう。やり直す為に考えてもいいんじゃないかな」


 普通に返済していたら何十年掛かるんだ。とてもじゃないが贅沢ぜいたくもできないし、やりたいこともやれなくて困るだろう。というか、俺が困る。倉片さんには幸せになって欲しいし、自由なままでいてくれる方がいい。

 こんな落ち込むような顔をして欲しくないんだよ、俺は。



「でも」

「闇バイトの詐欺師が悪いんだ。わざわざ返す必要ないだろう」



 だが、倉片さんは首を横に振った。

 どうやら身内やら友人からも多額の額を借りたらしく、それがネックになっているようだな。そりゃ、イカンな。


 あこがれのネイルサロンの為に、そこまで奔走ほんそうしていたんだな。


 しかし、世の中には邪悪なヤツが多すぎる。頑張って経営している倉片さんを騙すなんて……なんて野郎だ。もし目の前に犯人がいるのなら八つ裂きにしてやりたい。

 倉片さんをこんな悲しませやがって、神が許してもこの俺は絶対に許さん。裁判なしの死刑宣告だ。


 でも、そうか。それで『立ちんぼ』だとか『見学店』なんて道へちてしまったわけか。そういう理由があったのなら納得だ。



「…………もう、どうすればいいか分からない」



 覇気はきなくポツリとつぶやく倉片さんは、幽霊のように消え入りそうだった。まさか、二番目の理由がこんなにも重いものだったとは。


 ああ、分かっている。

 やるべきことは、ただひとつ。


 俺が倉片さんを救う。


 それしかないだろッ。



 その為のエロ動画投稿だ。伊勢崎さんの会社があって本当に良かった。土下座して頼めば身内分の支払いくらい、なんとかしてくれるはずだ。



「俺に任せろ」

「え……」


「倉片さんの借金生活を終わらせてやんよ」


「け、けど1億円もあるんだよ!? 無理だよ」


「無理じゃないさ。俺たち、今日でいくら稼いだ?」

「6,000万円だっけ……」


「簡単じゃないか! 伊勢崎さんを説得して借金返済の為に使わせてもらうんだ」

「そんなのいいの?」


 不安気に俺を見つめる倉片さん。そうだな、一歩間違えばクビにされてもおかしくないかもな。でも、伊勢崎さんがそんなことをするようには思えない。あの人は普段は適当でマイペースだけど、俺たちのことは良くしてくれている。

 飯だって毎日のようにおごってくれるし。


 なんなら織田を使ってもいい。アイツは、アメリカ人で金持ちのようだからな。一日奴隷になりますとでも言えば、結構な対価をくれそうだ。



「大丈夫だよ。俺と力を合わせれば乗り越えられる」



 俺は手をのばす。



「……そうだね。うん、がんばってみるよ」



 元気を取り戻す倉片さんは、俺の手をにぎった。

 こうなった以上、俺は全力で借金返済に尽力じんりょくする。倉片さんを不幸のどん底から救ってやる。

 要は金を全て返せばいいだけのこと。


 その為にも、えっちな動画を撮り続けるしかない。幸い、倉片さんは身をささげげる覚悟。いや、すでに何度も俺と交わってくれた。


 ならば高クオリティの動画を作り、更なる再生数獲得を目指すのみ!

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